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バイーアから世界へ。苦境をチャンスに変えた情熱的なデザイナー兼教育者レナ・サンタナ。
今、真剣に考えるブラジルファッションの未来とは?

レナ・サンタナ

「運も実力のうち」と言うが、バイーア出身のファッションデザイナー、レナ・サンタナは運を自分自身の努力で切り開いてきた人。幼少期の貧しい生活環境に屈する事なく、苦境をチャンスとし、自身のスタイルを確立してきた。

15年に渡るロンドンでの活動にいったん終止符をうち、現在、リオデジャネイロを拠点として、様々な教育プロジェクトなどで自国の後輩たちにファッションの可能性や自身の経験を伝えている。またブラジルのサステイナブル・ファッションにも早くから取り組んできた。

そんなとてもパワフルで明るい彼女に今ブラジルで感じること、また今後の展望を聞いた。

—-どのようにしてファッションと出会いましたか。

私はバイーア州サルバドール市出身なのですが、幼い頃、私の家族は非常に貧しかったので、服を買うお金もなく、母は市場に行って安い生地を買って来て私たちの洋服を作ってくれていました。

私は母の横に座り、人形の洋服を真似て作ったりしていました。このようにして服作りと出会いました。私はその後ダンサーとなり、19歳の時にサルバドール市よりもチャンスのあるリオデジャネイロ市に移りました。

レナサンタナ2

—-その頃、90年代の始めだと思うのですが、リオデジャネイロのファッションは今と比べるどのようでしたか。

当時、ファッションの大きな動向はありませんでした。今に比べて、ヨーロッパの影響もさほど見られませんでした。まだメイド・イン・ブラジルのものが多かったですね。私はそういった「ブラジルらしさ」が好きでした。

今はヨーロッパの影響が大きすぎて、特徴を欠いて来ています。というのは、当時、個人経営の縫製屋が沢山あり、人々はそういったところで服を個人的に仕立てていましたから、ハンドメイドの服が主流でした。ヨーロッパの服も高くてアクセスも少なかったのです。今はそういった文化が失われています。

—-あなたはコレクションやプロジェクトの中で、ブラジルの庶民的かつ伝統的な布、Chita(シータ)を良く使いますが、その当時、ブラジルでは使われていましたか。

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著者紹介

平本明日美 Asumi Hiramoto リオデジャネイロ市在住ファッションデザイナー、プランナー。大学卒業後、サンパウロ市に1年滞在し、ブラジル文化の豊かさ、デザインのポテンシャルの高さに魅了される。帰国後、広告営業、企画の仕事に携わった他、2008年外務省日伯交流年事務局にて交流年のPR、広報に関わる。2010年再度ブラジルに渡り、リオデジャネイロにて、幼い頃からの夢であったファッションの道を志すことに。ファッション技術コースを修了し、2012年、サステイナブル・ファッションブランドにてインターンを行う。現在、パターンの技術コースに通いながら、「教育とファッション」をテーマに同市で活動中。「A Boa Vida」(伊勢丹三越ホールディングス)、「A Boa Vida 2015」(伊勢丹三越ホールディングス ※サイトのみ)にも寄稿。