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<連載>軍政開始から50年(3) 
軍政令第5条(AI5)で激化した軍政の横暴

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(4月)1日からはじまった「軍政開始から50年」、3回目の今回は軍による独裁政治の開始と、政治弾圧について検証する。

軍事クーデターが起きた1964年当時、大統領選挙は軍による独占状態になったが、多党制はまだ保たれ、知事や連邦議員の選挙は民主的に行なわれていた。

だがそれは、翌65年10月の知事選で、グアナバラ州(旧リオ市)とミナス・ジェライス州で反軍政候補が勝利したことに軍政が難色を示したことで変わった。カステロ・ブランコ大統領が同年10月27日に発布した軍政令第2条(AI2)により、政党は解党させられ、国民による直接選挙も廃止された。

こうして翌66年3月、伯国は、旧・国家民主連合(UDN)を主体とする軍政支持の国家革新同盟(ARENA)と野党の民主運動(MDB)の2党制となった。また同年&月にはジュセリノ・クビチェック(クビシェッキ)元大統領ら39人の政治家の罷免も実行された。

これらの動きに反対する形で、全国で学生や左翼主義者による抗議活動が活発化したが、68年12月には軍政令第5条(AI5)が成立した。この法は軍、政府、議会から不満分子を一掃させたほか、報道の検閲を強化し、人身保護令の一時停止、裁判権の軍事法廷移行なども定めた。これによって多くの反政府派の活動家が亡命に追いやられ、軍による取締りも激化をきわめた。

フォーリャ紙は軍政50年の特集号で、各大統領時代に行なわれた政治犯に対する対処の実情を数字で発表している。それによると、カステロ大統領(64~67年)やコスタ・エ・シウヴァ大統領(67~69年)の時代には20人強だった軍による政治犯の拷問死は、メジシ大統領(69~74年)に132人に跳ね上がった。また、それまでほんの数人だった行方不明者も、メジシ時代には96人となった。警察軍施設内での拷問はカステロ時代から多く確認されていたが、メジシ時代には3664件を記録した。

AI5はメジシ氏を継いだガイゼル大統領(74~79年)の治世下の78年に廃止されたが、それでも、同大統領時代には死者22人、行方不明者36人、拷問1008件を記録した。

ガイゼル政権末期の79年に、政治犯に対する恩赦法が制定されたが、これは拷問を加えた軍に対しても適用されるものであったため、国民の批判対象となっている。だが、同法改正は今日まで行なわれておらず、ジウマ大統領も軍政開始50年にちなんだ演説で、改正を否定している。

(記事提供/ニッケイ新聞、写真/Fabio Rodrigues Pozzebom/Agência Brasil)
写真は2014年3月31日、ブラジリア。国民議会前で軍事政権時代に起きたことを忘れないためのパフォーマンスがおこなわれた。軍事政権によって行われた「パウ・ヂ・アララ」と呼ばれた拘束・拷問方法の形を再現している

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