ボサノヴァから民謡まで、名曲が生まれた舞台を紹介。「音楽でたどるブラジル」

2014年 09月 4日

音楽でたどるブラジル

どこの国にも、その歌を聴いただけで歌の舞台となった情景が思い浮かぶ、ご当地ソングがある。たとえその場所に行ったことがなくても、まだ見たこともない土地へ、連れて行ってくれる歌。

もちろんブラジルにも、そんなご当地ソングは数多くある。さまざまな歌が、いろいろな土地に、誘ってくれる。

アントニオ・カルロス・ジョビンとヴィニシウス・ヂ・モライスが残したボサノヴァの代表曲「イパネマの娘」は、ゾナスウと呼ばれるリオデジャネイロ市南部の情景を映す。

1944年のディスニー映画「三人の騎士」のエピソードに挿入されたアリ・バホーゾ作「サパテイロ通りの坂の下で(「バイーア」の題でもしられる)」やドリヴァウ・カイーミ作「君はもうバイーアに行ったかい?」は、あこがれの地として、魅力たっぷりにバイーアを伝えた。

ブラジルの各地、さまざまな土地にちなんだ歌の数々を、その土地や歌の作者や歌手の歴史やエピソードなどと共に紹介したのが、今年発売された本書「音楽でたどるブラジル」だ。

とはいえ、広大な(日本の約23倍)土地を持つブラジル。歌に描かれる個性的な情景は数えきれないくらいある。

そんな中から、お馴染みのリオ(6曲)やサンパウロ(3曲)、ミナスジェライス(2曲)など南東部をはじめ、古い歴史を持つ北東部のバイーア(5曲)やペルナンブッコ(3曲)、そして、北部(パラー)と南部(リオグランヂドスウ)から1曲づつの、計21曲が紹介されている。

なにしろ、ブラジル音楽ファンにとって、その歌が生まれた背景を知ることができる魅力的なエピソードがぎっしりと詰まっている。

たとえば、ショーロの名曲としても知られる「オデオン」を通じては、20世紀初頭のリオの劇場文化を、ムジカ・カイピーラ「シコ・ミネイロ」を通じては、内陸部の牧草地帯の自然と共にある牧童たちの生活を、地元の民謡カリンボーをポップスにした「シャニャー・プレーザ(ピュアなお嬢さん)」を通じては、カリブや合衆国から流れ着いた輸入文化から土着の先住民族の文化までが共存する北部の港町のエキゾチックな情景を、伝えてくれる。

ポルトアレグリ(南部リオグランヂドスウ)ならムジカ・ガウーシャの現代版ムーヴメント「ムジカ・ナチヴィスタ」、ミナスジェライスならムジカ・カイピーラとセルタネージャとの関係など、ほとんど日本では紹介されてこなかったブラジル音楽についても、その土地土地の文化と共に紹介しているのは、ブラジル音楽を分け隔てなく俯瞰して研究している著者ウィリー・ヲゥーパー氏の独壇場だろう。

この本に唯一、欠点があるとすれば、歌と共に魅力たっぷりにその土地土地を紹介しているので、本を読んでいるだけでブラジル中を旅してしまったような気分になってしまう点、だろうか。

しかしブラジルには、この本に書ききれていない、さまざまなドラマが描かれたご当地ソングと、その歌を生んだ町や村、海岸、山などが、まだまだたくさんある。

もしあなたに、気に入っているブラジルの歌がひとつでもあるのなら、気分だけではなく、ぜひその歌が生まれた舞台に行ってみてほしい。お話好きで、逸話には事欠かないブラジルのこと。この本には書かれていないもうひとつのエピソードに出会えるかもしれない。

(写真・文/麻生雅人)
「音楽でたどるブラジル」(彩流社・刊、ウィリー・ヲゥーパー・著)