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エドゥアルド・コウチーニョ

エドゥアルド・コウチーニョ (Eduardo Coutinho)

  • 生年月日 : 1933年5月11日
映像作家。シネマノーヴォ第一世代の一人。インタビューや対話を用いた作風で知られる。 出身はサンパウロ。法科の学生時代、1950年代に演劇に興味を持ちはじめる。学生時代は全国学生連盟 (UNE)の民衆文化センター(CPC)に積極的に関わり、カルロス・ヂエギス、ジョアキン・ペドロ・ヂ・アンドラーヂ、レオン・イルスマンらに接触した。 1962年、CPCのサポートを受けて、後に代表作となる「Cabra Marcado para Morrer」の制作を開始。当初は、北東部・ペルナンブッコ州の農民運動の指導者ジョアン・ペドロ・テイシェイラの暗殺を題材にした劇映画として制作が始まったが、1964年にクーデターで樹立した軍事政権によって映画製作は農民運動の協力行為と見なされ、制作は中断される。映画のスタッフからは逮捕者も出た。 フィクション映画「O Homem que Comprou o Mundo」 (1968)と「Faustão」 (1971)を発表、劇映画作家としてのキャリアを歩むと思われたが、 1975年にTVグローボの「Globo Repórter, グローボ・ヘポルテル」という番組内でドキュメンタリー・シリーズを手掛けたことが、ドキュメンタリー映像作家としてのキャリアの契機となった。 1976年にはブルーノ・バヘット監督作品「 Dona Flor e Seus Dois Maridos 未亡人ドナ・フロールの理想的再婚生活」の脚本を手掛けている。 その後、「Cabra Marcado para Morrer」の制作を再開。軍制下で政策が中断されただけでなく、自身を含む映画製作関係者も渦中に巻き込まれた経験をそのまま反映したドキュメンタリー映画となった。生まれ変わった「Cabra Marcado para Morrer」は1981年に発表されるや、コウチーニョを国際的に有名にした。ベルリン映画祭でもプレミア上映されている。この作品は、ブラジルが特別招待国となった2012年のカンヌ映画祭でもカンヌ・クラシックスとして上映された。 コパカバーナの巨大マンションに住むの中流家庭の人々のインタビューで構成した「Edifício Master エジフィシオ・マスター」(2002年)は、日本でも2005年のブラジル映画祭で上映された。 2013年6月には、ジョゼ・パジーリャ監督と共にアカデミー賞授賞式に招待された。 「ABC do Amor」(1966) 「O Homem Que Comprou o Mundo」(1968) 「Faustão」(1974) 「Cabra Marcado Para Morrer」(1984) 「Santa Marta - Duas Semanas no Morro」(1987)中編 「Volta Redonda - Memorial da Greve」(1989)中編 「Boca de Lixo」(1992)中編 「Os Romeiros do Padre Cícero」(1994)中編 「Seis Histórias」(1995)中編 「Mulheres no Front」(1996)短編 「Santo Forte」(1999) 「Babilônia 2000」(2000) 「Edifício Master」(2002) 「Peões」(2004) 「O Fim e o Princípio」(2005) 「Jogo de Cena」(2007) 「Moscou」(2009) 「Um Dia na Vida」(2010) 「As Canções」(2011) 参考: http://www.adorocinema.com/personalidades/personalidade-18211/ http://g1.globo.com/rio-de-janeiro/noticia/2014/02/filho-do-cineasta-eduardo-coutinho-e-preso-pelo-assassinato-do-pai-no-rio.html

エドゥアルド・コウチーニョの最新情報

「聖者の午後(Cores)」が、現在、渋谷ユーロスペースで公開中の「聖者の午後(Cores)」、フランシスコ・ガルシア監督のインタビュー後編。 この映画の主人公3人組ルカ、ルイス、ルアラは、社会的には“中流の下”といえる階層に属するサンパウロの都市生活者だが、時代からは取り残されている。しかし、そんな人たちは実際、サンパウロには数多くいるのだろう。 「ルイスは、セントロと呼ばれる旧市街区に住んでいますが、この地区では価値のある歴史的な建物が次々と壊され、再開発が進められていま...[続きを読む]
「Bye Bye Brasil (バイバイ・ブラジル)」などで知られるブラジルを代表する俳優のひとりジョゼー・ヴィウケルが、2014年4月5日の朝、リオデジャネイロにある恋人 Claudia Montenegro クラウヂア・モンチネグロの家で他界した。同日~7日付け「フォーリャ」、「G1」、「トリブーナ・オージ」(全て電子版)などが伝えている。 友人でプロデューサーのCláudio Rangel クラウヂオ・ハンジェウによると、葬儀は土曜の23時30分から行われるという。 ...[続きを読む]
南太平洋に浮かぶ島国米領サモアは、2014年5月現在、FIFAランキングで197位。かつて、10年以上に渡り最下位を独占していたのだという。 このチームは2001年に、2002年のワールドカップ日韓国大会のための予選でオーストラリアに0対31で大敗。国際Aマッチ史上最大点差という記録を作って歴史に名を残している。 その米領サモアが2014年のワールドカップブラジル大会の予選に出場。この予選を彼らがどう戦ったのか、記録をしたのが、映画「ネクスト・ゴール」。実話を記録したドキュメ...[続きを読む]
ブラジルのドキュメンタリー映画界を代表する映像作家エドゥアルド・コウチーニョ監督(80、写真)が2月2日(日)、リオデジャネイロ市南部(ゾナ・スウ)にあるラゴア地区の自宅マンションで死去したことを同日及び3日(月)付け「グローボ」「G1」「フォーリャ」(ずべて電子版)などが伝えた。 監督は2日(日)にナイフで刺されて死んでおり、監督の息子ダニエウ・オリヴェイラ・コウチーニョ(41)に刺殺の嫌疑がかけられているという。3日(月)、リオ市文民警察殺人課はミゲウ・コート病院でダニエウ容疑...[続きを読む]
9月16日(火)からブラジリアのシネブラジリアで開催されていた第47回ブラジリア・ブラジル映画祭が23日(火)、閉幕した。閉会式の模様を現地メディア(「G7」23日づけ)が伝えている。 ブラジル映画界を代表するふたりの巨匠グラウベル・ホッシャとエドゥアルド・コウチーニョに捧げられた今回の映画祭は、政治色の強い作品が目立つ回となった。グラウベル・ホッシャとエドゥアルド・コウチーニョもまた、政治的メッセージを強く発信する作家だった。 オルランド・セナ審査委員長は最優秀作品賞として...[続きを読む]
2月2日(日)に刺殺されたエドゥアルド・コウチーニョ監督に対し、さまざまな映像作家が追悼のコメントを発表した。 ジョアン・ゴウラール元大統領や映像作家グラウベル・ホッシャに関するドキュメンタリー映画で知られるSilvio Tendler シウヴィオ・テンドレル監督は「突然のできごとで落ち込んでいます。こんな世の去り方はコウチーニョに似合わない。親友だったからとても悲しいし、ブラジル映画にとっても悲しいできごとだ。ただ嘆くしかない」と語った。 「コウチーニョの映画はブラジル映画...[続きを読む]
毎年、ブラジル映画祭を主催しているトゥピニキーン・エンターテイメントがアップリンクとのコラボレーションで、同映画祭の人気上映作品をDVD化している。 シネマ・ブラジル・コレクションと題されたこのシリーズで、2008年の「ブラジル映画祭」上映作品「歌え、マリア(「Canta Maria」)」(ブラジル公開は2006年)がDVD化された。3月28日に発売となる。 フランシスコ・ハマーリョ・ジュニオール監督は、自らがメガホンを取ったのは20年ぶりとなるが、脚本家、プロデューサーとし...[続きを読む]
経済的にもゆるやかながら成長を続け、ワールドカップ2014の開催を控えて都市開発が進み、街も、人々の意識も、ダイナミックに変わりつつあるブラジル。しかし「聖者の午後」はブラジルの今を描いた映画でありながら、そんな<前進するブラジル>とはまったくリンクしない、3人の若者の物語だ。 一応は中流階級に属する都市生活者の3人組、ルカとルイスとルアラは、歳は30歳前後。仕事も遊びも、何をやっても思うようにいかない。しかし彼らは、どんづまりの閉塞感でがんじがらめになったりもしていない。 ...[続きを読む]