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カルロス・トシキ

カルロス・トシキ (Carlos Toshiki)

  • 生年月日 : 1964年4月7日
  • 名前 : 高橋カルロス・トシキ
  • 名前2 : 高橋敏樹
  • 名前3 : 鷹橋敏輝
ブラジル、パラナ州マリンガ市生まれ(「ふたりのカルロス」では生まれはロンドリーナ市)。父親は日本からの移民一世。母親はブラジル生まれの日系二世。マリンガ市で育つ。インスチチュート・エスタドアール・ジ・エドゥカサォン・ジ・マリンガ(小~中学校)在世中に日本語学校・愛光園の教会の合唱団に参加。9歳でパラナ州歌謡大会・童謡の部で優勝している。

一方では、地元のカーニバルのブロコで演奏をしていた叔父の影響で、3歳のころからカーニバルに参加していたという。クビシェッキ高校在学時代には叔父のバンドにも参加。叔母が好きだったプレスリーから、ビージーズ、アバ、マーヴィン・ゲイ、アース・ウィンド&ファイア、コモドアーズ、ブラジルのジャヴァン、日本の西城秀樹や野口五郎まで多様な音楽を愛聴した。

16歳で歌謡コンクールの少年の部に出場、市大会、州大会を経て全国大会で優勝。翌年、再度エントリーしたとき、特例で本来は19歳以上の青年の部に出場。またも全国大会に進出して優勝。日本への渡航の権利を手にした。

ロンドリーナ大学経済学部に入学するが、中退して1982年に日本へ。日本語は片言で日常会話ができるくらいだった。新宿や六本木のディスコでアルバイトをしながら、デモテープをレコード会社や事務所へ送り続けた。

1985年、カルロスのテープが杉山清貴とオメガトライブのプロデューサー、藤田浩一の耳にとまり事務所に出入りするように。歌の練習を繰り返す日々を経て、藤田がかつて手掛けていたバンド、レイジーのマネージャーだった浅生英がマネージャーとして担当になった。

当初、藤田はカルロスを、ソロか独立したバンドでデビューさせることを想定していたという。しかし当時、杉山清貴とオメガトライブから杉山が脱退を希望、メンバーはバンドの存続を希望していたため、杉山清貴のソロ・デビューと同時進行で、カルロスはオメガトライブのヴォーカリストに起用されることになった。

1986年5月1日、1986オメガトライブがバップ・レコードより「君は1000%」でデビュー。バンドにはオメガトライブから西原俊次(キーボード)、高島信二(ギター)、菊池桃子のバックバンドで演奏していた黒川照家(ギター)が参加。「君は1000%」は48万枚を超えるヒットとなった。ファースト・アルバム「ナビゲーター」、セカンドシングル「Super Chance」、サードシングル「Cosmic Love」も同年に発売。学園祭を含めたコンサートや取材でスケジュールは埋まり、年内にはセカンド・アルバム「クリスタル・ナイト」の録音も敢行された(発売は翌87年2月)。

1987年、1986オメガトライブにサポートメンバーで後藤輝夫(トランペット、パーカッション)やマーティ・ブレイシー(ドラム)、大阪哲夜(キーボード)、渡辺茂(ベース)が加入。グループはツアーに明け暮れ、その数は160本を数えた。7月に4作目のシングル「miss lonery eyes」を発売。サード・アルバムの録音も開始された。マーティ・ブレイシーはサウンド面のキーパーソンとなる。サポート・メンバーのベースが、ルーファス・トーマスのセッションに参加したこともあるウォーネル・ジョーンズに交代、女性コーラスでもチャカ・カーンのバックコーラスを経験しているマクサーヌも加入。5枚目のシングル「Stay Girl Stay Pure」が発売された11月、過労や精神的なプレッシャーもあり、カルロス・トシキは肺気胸を患っていた。

1988年、黒川照家が脱退。グループ名がカルロス・トシキ&オメガトライブに。4月、サード・アルバム(バンド改名後の1作目)「ダウンタウン・ミステリー」と、改名後1枚目のシングル「DOWN TOWN MYSTERY (“DAYLIGHT”VERSION)」を発売。エレクトロ・ファンク色を強めていった。8月、2枚目のシングル「アクアマリンのままでいて」、11月、3枚目のシングル「REIKO」を発売(リードボーカルは新メンバーとして加入したジョン・マッコイ)。

1989年、4枚目のシングル「どうして好きといってくれないの」、5枚目のシングル「花の降る午後」、4作目(改名後2作目)のアルバム「be yourself」、5作目(改名後3作目)のアルバム「BAD GIRL」を発売。

1990年、バップからワーナーへ移籍。6枚目のシングル「時はかげろう」、6作目(解明後4作目)のアルバム「natsuko」を発表。

1991年3月、オメガとライブを解散。11月、カルロス・トシキとして「夜明けまでBORDERLESS」でソロ・デビュー。12月、ソロでの最初のアルバム「Emotional〜右側のハートたちへ」を発表。

1993年、ソロでのセカンドアルバム「Alquimist」、2作目のシングル「I Love Japan」、3作目のシングル「PASSION」を発表。

1994年、5月にサード・アルバム「どうしてだろう」を発表後、鷹橋敏輝に改名。改名後の1枚目のシングル「FOREVER」を発売。

1995年、2枚目のシングル「遠い夢」、3枚目のシングル「Tell Me」、ファーストアルバム「Shake It Down」を発売。同年、活動を休止。

2000年、鷹橋敏輝名義で未発表曲集「carlos」を発売。

<参考> http://www.interq.or.jp/bass/hnyoko/ 「ふたりのカルロス」(CBSソニー出版・刊、田家秀樹・著)

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