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エロンヂー・ブエノ

エロンヂー・ブエノ (Herondy Bueno)

  • 性別 : 男性
エロンヂー・ブエノは16歳の頃、サンパウロ市パライーゾ地区にある「クラブ・カフェ」でドラマー、歌手としてキャリアをスタートさせた。 1964年に空軍で兵役を果たし、サンパウロ市ヂアデマ地区にある「クルビ・シャカラ・トレス・イルマォンス」で活動しているときに歌手のルイス・ヴィエイラに見いだされてTVエセウシオール(チャンネル9)の番組でプロの歌手として活躍しはじめた。 そのころからリオのボアッチ「ケイヴ(カーヴィ)」にも出演するようになり、そこではチン・マイア、ジョルジ・ベン、ファビオ、オス・ヂアゴナイス、アシアーノなどブラジリアン・ソウルやサンバ・ソウルの錚々たる顔ぶれのバンドで演奏した。 「ケイヴ(カーヴィ)」は週に一度それらの歌手にスペースを提供してショウを行い、彼らはメディアに知られるようになっていった。 ある日エロンジーは、ピアノ奏者のエルナーニのグループに誘われた。そのグループでは、アゼイトーナ(ベース)、アイリス(ギター)、ジョヴィト(ドラムス)と共に演奏して、3年間在籍した。 1970年にはアビラルド・フィゲイレロの監督のもとでサンパウロの有名なクラブ「ベッコ」で活動。「ベッコ」では歌手、ダンサー、司会、アーティスト・ディレクターのアビラルド・フィゲイレロの補助約などを務めて3年間、働いた。 1971年にはエウジェニオ・クスネの演劇コースのオリエンテーションを受講。同じころ、「カメーロ」などのブランドでファッションモデルとしても活躍した。また、テレビやラジオのジングル、コマーシャルで、歌手や共同制作者をつとめた。特にジーンズの「US TOP」のCMはよく知られている。 1972年にRCAビクターと契約してエロンヂー・ブエノとしてウィウソン・ミランダのプロデュースのもとでシングル盤を発表。A面には旧知のカシアーノ作のスウィートソウル「ベン・キ・エウ・ナォン・ケリーア・アマール・ヴォセ」、B面にはイヴァン・リンス作「ケン・エ・ヴォセ、ケン・ソウ」 が収録されている。 その後、妻でもあり歌手でもある、元オス・トレス・モライスのジャーニ・モライスとデュオ・ユニット、ジャーニ&エロンヂ―を結成。RCAビクターから「ジャーニ&エロンヂ―」(75)、「ナォン・シ・ヴァ」(77)、「アマ - ミ」(78)、「ジャーニ&エロンヂ―」(79)、「ジャーニ&エロンヂ―」(80)、「ヘコルダソンイス」(81)、3Mから「トダス・アス・フォルマス・ヂ・アモール」(86),「ルース・イ・マジア」(87)などを発表した。 1994年からはエロンヂ―はミュージカルショウのディレクションに戻り、フェルナンド・ファロを補佐して「ジャーニ・モライスのA面」や「クルビ・ダ・ボッサ」のショウを手掛けた。 2008年、エロンジーはザンビラジヂスキから、タイグアラ、イヴァン・リンスなど有名作曲家の曲を歌ったソロ・アルバム「レンブランサス(想い出)」を発表した。 2009年、デュオ・ユニット、ジャーニ&エロンヂ―を再結成している。 (文/麻生雅人)

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