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パウリーニョ・ガルシア

パウリーニョ・ガルシア (Paulinho Garcia)

  • 生年月日 : 1948年8月16日
  • 名前 : Paulo Garcia パウロ・ガルシア
  • 名前2 : ポリーニョ・ガルシア
出身はミナスジェライス州ベロオリゾンチ市。父親はエイトール・ジアニゼリ・ガルシア、母親はイザベウ・だシウヴァ・ガルシア。音楽との最初の出会いは9歳の時で、地元の歴史あるラジオ局インコンフィデンシアの日曜日の番組で歌い始めた。10代になって最初に手にした楽器はドラムで、その後ベースに転向。1991年にギターを演奏するようになるまでベーシストとして活躍した。

ベロオリゾンチではTVのジングルの作編曲、演奏を手掛けたほか、地元の名作編曲家セリオ・バローナが指揮する楽団、結婚式場での演奏、地元テレビ局イタコロミのハウスバンドなどでも演奏した。また、ベロオリゾンチ版ジョーヴェングアルダともいえる、ロックやポップスを演奏するバンドや歌手がこぞって出演したTV番組「ブラザ4(クアトロ)」には、オス・アジタドーリスというサイケ系ロックバンドで参加した。

ミナスジェライス州連邦大学で物理学を専攻、卒業したがベース奏者として音楽の仕事をつづけた。独学でベースの演奏を習得したパウリーニョは、独特の演奏方法で注目を集めた。

パウリーニョが父親から中古のギターを贈られたのは16歳のときだった。多くのギターの曲を学び、妻からヂ・ジオルジオ社のギターをプレゼントされた。

1978年に友人の音楽家たちがシカゴに移住してい手、その中には長年の友人デデー・サンパイオもいた。当時デデーは、やはり合衆国に移住していたブレーノ・サウエルのバンド、ブレーノ・サウエル・ブラジリアン・サウンズで演奏していた。ベース奏者を探していたブレーノはビザを手配してパウリーニョをシカゴに迎え、メイド・イン・ブラジルを結成した。メイド・イン・ブラジルは1984年に合衆国のジャズレーベル、パウザーから1枚だけアルバム「トゥド・ジョイア」を発表している。パウリーニョはこのバンドで1991年まで活動した。

1991年からパウリーニョは自身のバンド、ジャズミネイロを発足。1996年に最初のCDを発売して地元の「シカゴ・トリビューン」紙、「ジャズマガジン」などでも好評を得た。

アーティスト活動と並行して90年代半ばには5年間にわたり、シカゴのブラジル文化センターの20人編成のカーニバル音楽の楽団でも活躍した。

渡米後のディスコグラフィ(参加作品含む)は下記。

メイド・イン・ブラジル「トゥド・ジョイア」(Pausa Records、1984年) パウリーニョ・ガルシア「ジャズミネイロ」(Southport Records、1994年) パウリーニョ・ガルシア「ソロ・ソジーニャ」(Southport Records、1998年) グラジーナ・アウグスチク&パウリーニョ・ガルシア「Fragile」(GMA Records、2000年) ジュリー・コイヂン&パウリーニョ・ガルシア「ドイス・ノ・ショーロ」(Jazzmin Records、2000年) グレッグ・フィッシュマン&パウリーニョ・ガルシア「Two For Brazil's first recording」(Jazzmin Records、2000年) トゥ・フォー・ブラジル「トゥー・フォー・ノエウ」(Jazzmin Records、2000年) グレッグ・フィッシュマン&パウリーニョ・ガルシア「plays the standards」(Jazzmin Records、2001年) グラジーナ・アウグスチク、グレッグ・フィッシュマン&パウリーニョ・ガルシア「Three For Brazil」(Pony Canyon Japan、2002年) グレッグ・フィッシュマン&パウリーニョ・ガルシア「Two For Brazil」(Jazzmin records、2003年) グレッグ・フィッシュマン&パウリーニョ・ガルシア「Two For Brazil Goes To The Movies」(Jazzmin Records、2006年) パウリーニョ・ガルシア「テンポ・フェリース」(Jazzmin Records、2006年) Paulinho performs and records as a solo musician, with his group Jazzmineiro and three well-know duos: Two for Brazil with Greg Fishman, Dois no Choro with Julie Koidin and Paulinho Garcia - Grazyna Auguscik duo. He is a world-touring musician performing in renowned theaters, jazz festivals and clubs in Asia, Europe and America. With Greg Fishman Paulinho was the winner of the 2001 best jazz entertainer award given by the Chicago Music Awards. His 50 years of Bossa Nova concert at the Chicago Millennium Park on July 24th 2008 alongside João Donato was seen by a record audience of 12000 people and in December of the same year he shared the famous Esplanade Hall stage in Singapore with Jeremy Monteiro and Toots Tielemans for a sold out audience of 1600 people. He has been regularly performing in Poland with Grazyna Auguscik and in many prestigious jazz festivals such as the North Sea jazz festival in Holland, Elite and Fujitsu jazz festivals in Japan, Singapore jazz festival, Jazz w museum and Jazz nad Odrq in Poland, Central Pennsylvania friends of jazz, North Beach and Sarasota jazz fest in the USA just to mention a few. He has also performed many times at the jazz cruise and jazz party at sea. Paulinho is also a clinician and has given workshops and concerts at many prestigious universities such as Northwestern, Wisconsin at Milwaukee, Cornell, Hope College, etc. In June-July of 2009 he taught at the Moscow College of Improvised Music. In November 14 – 22 Paulinho performed at the Jazz Party at Sea jazz cruise, Poland Nov. 23 – December 2 and Russia Dec. 3 – 16. Paulinho presently teaches Brazilian guitar and vocals at Old Town School of folk music and coaches a Brazilian combo at Roosevelt University.

パウリーニョ・ガルシアの最新情報

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