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生け花とビスコイト・ジ・ポウヴィーリョと独立記念日

ポウヴィーリョ

9月7日はブラジルの独立記念日。「セッチ・ジ・セテンブロ(9月7日)」、もしくは「ジア・ダ・パトリア(祖国の日)」とも呼ばれる。

1808年、ナポレオンに追われる形でポルトガル王と王室は植民地だったブラジルに移転。以来、ポルトガル王室は21年間ブラジルに留まったが、1821年、ジョアン6世と共に王室はリスボンに帰還する。そのときジョアン6世は息子ペドロを総督としてリオデジャネイロに残した。

その1年後、1822年の9月7日にペドロ王子はブラジルの独立を宣言。自らをドン・ペドロ1世と名乗った。このとき王子ペドロが、サンパウロにあるイピランガの丘で「独立か死か!」と叫んだといい伝えられ、この様子は画家ペドロ・アメリコが描いた「イピランガの叫び」でも伝えられている。

独立記念日の朝は、ブラジリアの官庁街で兵の行進によるセレモニーが行われる。連邦直轄区政府によると、2014年は朝8時45分から行進が行われ、続いて、2000名のブラジル軍の行進、戦車、装甲車、飛行機もパレードを行う予定とのこと。

日本では9月5日(金)、駐日ブラジル大使公邸にて独立記念日祝賀会が開かれ、アンドレ・アランニャ・コヘーア・ド・ラーゴ駐日ブラジル大使が大勢の来賓を迎えた。

公邸の広間のテーブルには、ブラジルの大衆的なお菓子「ビスコイト・ジ・ポウヴィーリョ」を敷き詰めた器に生けられた「生け花」があった。

ビスコイト・ジ・ポウヴィーリョは、マンジョッカ芋の粉をオーブンで焼いて作る麩菓子のような軽いスナック菓子。日本でいえば駄菓子にあたる、大衆的なお菓子だ。現在では卵やバターを使ったものまで、さまざまなレシピがある。ビスコイト・ヴォアドール、ビスコイト・ジ・ヴェントとも呼ばれているそうだ。

ルーツは古く、金やダイヤの採掘で一時代を築いていた18世紀のミナスジェライス州で誕生したといわれている。

リオデジャネイロの全国商業学習機関(SENAC)でブラジル料理を教える料理コンサルタントのクリス・レイチさんによると、「当時、料理を作っていた奴隷の身分の黒人が作った」という。奴隷の身分だった黒人女性や黒人の血を引く女性たちは、当時、さまざまな甘い駄菓子を作ってお盆に乗せて、町や鉱山に売りに行っていたという。今も親しまれているドーシ・ジ・レイチ(ミルクジャム、もしくはそれを固めたキャラメル風の菓子)や、ペ・ジ・モレッキ(ナッツ入りの黒砂糖菓子)なども、当時のミナスの駄菓子から生まれたといわれている。

今ではビスコイト・ジ・ポウヴィーリョは、よく知られた駄菓子として有名だ。特にリオデジャネイロでは、ビーチに売り子さんが売りに来る、リング型ポウヴィーリョの袋詰め商品「ビスコイト・グローボ」がおなじみ。カリオカにとってはソウルフードと呼んでも差支えないのではなかろうか。

そんな、ブラジル生まれで歴史も古く、今も広く親しまれているブラジルを代表するスナック菓子のひとつ、ポウヴィーリョを、まるで石庭のように見立てて生け花を生けて、ブラジル文化と日本文化を茶目っ気たっぷりに融合、日伯交流をとびきりお洒落に表現して見せたのは、ベアトリッシ・コヘーア・ド・ラーゴ駐日ブラジル大使夫人だ。

ところで、リオで圧倒的な知名度を誇るポウヴィーリョ菓子「ビスコイト・グローボ」だが、実は誕生したのはリオではない。

同社のホームページによると、「ビスコイト・グローボ」がリオに登場したのは1954年のことで、このお菓子が生まれたのは、その1年前の1953年。ミウトン、ジャイミ、ジョアンというポンシ家の3兄弟が、サンパウロ州のある町にある、いとこが運営する「グローボ」という名のパン屋でビスコイト・ジ・ポウヴィーリョの作り方を学んだのがすべての始まりだったという。そして、3兄弟がお菓子を学んだパン屋があった町というのが、サンパウロ州のイピランガ地域だったという。

ドン・ペドロ1世による「イピランガの叫び」で知られる地域とビスコイト・ジ・ポウヴィーリョにそんな縁があったとは。ビスコイト・ジ・ポウヴィーリョを敷き詰めた生け花は、日本で行われるブラジル独立記念日の祝賀会において、実はぴったりな、とっても粋なおもてなしだったのだ。もちろん、この生け花のポウヴィーリョはつまんで食べることができる。

(写真・文/麻生雅人)

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