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マラカナンの悲劇

バルボーザ

2014年ブラジルワールドカップまであと約4か月。ところで、ブラジルでワールドカップが開催されるのは今回で2度目となる。

初めてブラジルでワールドカップが開催されたのは1950年のこと。1930年にはじまったワールドカップは戦争を挟んで1938年以来開催されていなかったため、この大会が戦後初の大会で、第4回目のワールドカップとなった。

初優勝を決めたいホスト国ブラジルは、実際、順調な流れで決勝まで勝ち進んでいた。ブラジル2×0ユーゴスラビア、ブラジル7×1スウェーデン、ブラジル6×1スペイン。

そして迎えた決勝戦の相手は、第1回ワールドカップの優勝国ウルグアイ。しかしウルグアイは当時、絶好調とはいえず、ブラジルは、引き分けでも優勝できる有利な状況だった。

ブラジル国民の誰もが、母国の優勝を信じて疑わなかった。決勝戦前日には、試合前にも関わらず新聞はブラジル代表を”世界の王者”と紹介するほどであった。

運命の7月16日、決勝戦の舞台となったのは、この大会のために建設された、当時世界最大規模のマラカナン・スタジアム。ブラジルは先制点を奪い、 満員のマラカナンは祝祭ムードであった。

しかし、悲劇が起こった。ウルグアイが試合を逆転して、ブラジルの初ワールドカップ優勝の夢が崩れ落ちた。満員状態のスタジアムも静まり返った。

観衆は失望と挫折に打ちのめされ、自殺者やショック死をした者もいたといわれている。

この事件は「マラカナンの悲劇」(ブラジルではマラカナッソと呼ばれている)として語り継がれることとなった。悪運を呼ぶとされ、白かった代表のユニフォームもこの試合を最後に変更された。1954年から起用されたのが、”カナリア軍団”を象徴する黄色のユニフォームだ。

ブラジルがワールドカップで初優勝を飾ったのは、この悲劇から8年後の1958年スウェーデン大会であった。

写真は2013年に刊行された「Queimando As Traves de 50 – Glórias e Castigo de Barbosa」(ブルーノ・フレイタス著、 IVENTURA刊)。当時代表のゴールキーパーを務めたMoacyr Barbosa Nascimento モアシール・バルボーザ・ナシメントの伝記。マラカナンの悲劇に関してはドキュメンタリーから短編小説に至るまで何冊もの本が出版され、未だに「マラカナンの悲劇」とは何だったのかが検証され続けている。

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著者紹介

浅野雅雄 Masao Asano ブラジル出身。来日する前、16歳まで住んでいた地域がサンパウロFCのホームグラウンド近くだったので自然と“サンパウリーノ”(サンパウロFCファ ン)になる。日本で大学卒業後、一般企業に勤めたが母国の心を忘れず、ブラジルと関係のある企業へ転職。現在はアイピーシーワールドのシステム・エンジニア、雑誌「ヴィトリーニ」で最新テクノロジー記事を担当。