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<連載>軍政開始から50年(2) 背後に駐伯米国大使館の存在

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(4月)1日よりはじまった連載「軍事政権開始から50年」、第2回目の今回は、1964年の軍事政権と米国との関係について検証する。

米国は1955年からソ連との冷戦状態に突入していたが、その緊張感は1959年、キューバに共産主義政権が誕生したことでさらに高まっていく。ときのアイゼンハワー政権はキューバとの国交断絶などで共産主義を警戒したが、その次のジョン・F・ケネディ大統領は、米国が経済支援を行なって南米の資本主義を活性させる「進歩のための前進」という経済政策で、南米のキューバ化阻止につとめた。

この政策が開始されて間もない1961年に伯国駐在大使となったリンカーン・ゴードン氏は、伯国の共産主義化を強く恐れていた。

同氏は1962年6月、ケネディ大統領への電話で「伯国で共産主義が進行しつつある」という報告を行なった。それは、左翼系のジャンゴ大統領の下で、電力企業の国有化や、外国企業の余剰利益を還元する法案を成立させようとしていたことに同氏が驚いていたからだ。

電話の記録によると、ゴードン氏は米国政府に対し、伯国が共産主義政権を築くのを止めるべく、800万米ドルの選挙対策資金を送付するよう要求した。さらに、「ジャンゴ大統領は権力を強めようとしている」と語り、それを阻止するため、第2次世界大戦のイタリア戦線で活躍し、伯軍にも馴染みのあったヴァーノン・ウォルターズ氏を駐在武官として派遣するよう要請、実際に就任にこぎつけた。

そして64年、事は大きく動いた。

前年の63年11月にケネディ大統領暗殺の後を受けたリンドン・ジョンソン大統領は、南米の共産主義化に対して強硬路線を取るようになった。時を同じくして伯国では、ジャンゴ大統領の後ろ盾を受けた労組による大規模なデモが目立ちはじめていた。3月27、29日には海軍でも待遇改善を求めたデモが起こった。

「軍隊にまでも共産主義が蔓延」と判断したゴードン氏は、この時点で米国政府に対し、伯軍のクーデターを支援すべく、武器や石油を送るように命じた。1976年に発見された「ブラザー・サム作戦」という機密事項に関する文書によると、既に米国空母がサントス港に向けて動いていたが、3月31日~4月11日にクーデターが勃発し、軍政が成立したことで引き返している。

その後、米国は「コンドル作戦」により、南米諸国に次々と誕生した軍事政権を支援していくこととなる。

(記事提供/ニッケイ新聞、写真/Fernando Frazão/Agência Brasil)
写真は2014年4月1日、リオデジャネイロのリオブランコ通り。学生、社会活動家、左翼運動家などによる軍事クーデターを否定するデモが行われた

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