ブラジル、特許出願から登録までの期間は平均8年
2018年 04月 17日ブラジル人にとって転職はもちろんのこと、起業の心理的ハードルはかなり低いようで、前職での退職金を元手に事業を始めようとすることは珍しくない。起業家、一国一城の主に対するあこがれが比較的強く出る国民性のようだ。
起業を目指す人に対し、小・零細企業支援サービス機関(SEBRAE)など支援機関は存在するが、独自の発明を事業化するにあたっては大きな障害があるという。
TVグローボが4月8日、経済情報番組「ペケーナス・エンプレーザス・イ・グランヂス・ネゴーシオス」で伝えたところによると、ブラジルでは特許出願申請から査定結果通知まで平均で8年かかるという。
特許は一般的に出願後、特許を管轄する省庁が出願内容を精査し、特許として認められるかどうかの査定を行い、出願者に査定の結果を通知する。査定の結果、特許として登録が可能なものは出願者が登録申請を行い、出願者の特許権が確定する。ブラジルも同じ流れをたどる。
ブラジルで特許を扱うのは国立産業財産権院(INPI)だが、出願に対する査定速度に関しては世界のワースト5入りしている。ブラジルに続くのはインド、チェコ、ベトナムの3国のみとなっている。
世界の経済、テクノロジーの進化は年々早まっているにも関わらず、特許出願から査定結果の通知までの期間は一向に縮まらない。特許権の存続期間は日本と同じく出願の日から20年だが、査定結果通知までの期間が長いと、その間権利が不確定なまま事業を続けていくことになる。
法律上は特許権が登録されれば出願日までさかのぼって特許権者を保護することになっているが、仮に権利侵害があったとしても、出願日まで侵害の事実をさかのぼって損害賠償請求する労力は膨大だ。しかも小規模事業者にとっては特許侵害を立証するために調査をするのは資金・労力の面で現実的にはほぼありえない。
実際に特許出願中の企業、キャット・マイ・ペットは事業開始から4年目を迎えたベンチャー企業。年商400万レアル(約1億2800万円)と順調に事業を広げてきた。売れ筋商品は猫用の自動給水機でこの商品について同社は特許を出願している。
猫の飼い主が頭を悩ませることの一つに、飼い主が用意した道具を自分の猫が気に入って使ってくれるかどうか、という点があるが、同社の給水機はその点を軽くクリアしているようだ。
同社を立ち上げた起業家のアグネス・クリスチーナ氏によると、顧客の飼い猫の95%以上が給水機になじんで毎日使っているとのことだ。飼い主はどうやって猫に水を飲ませようか頭を悩ませることもなくなる。
給水機は評判を呼び、またたく間に大ヒット商品となったが、特許だけは相変わらず審査中のままだ。アグネス氏いわく、すでに品質の悪い、廉価な模倣品も出回っているとのことだ。
サンパウロ州アチバイア市でソフトウェアと電圧モニター製造を行う企業、ツリーテック・システマス・ディジタイス社(以下「TSD」)も同様の悩みを抱えている。TSDは米国で自社製品に関する特許登録を終えているが、ブラジルでは出願は終わっているものの、まだ査定結果を受け取っていない。
TSDの技術開発部ディレクターのダニエウ・ペドローザ氏によると、申請したのは11年前で、特許に保証された独占的利用権の存続期間20年の半分以上が経過している。
発明博物館には発明されてから特許登録に至らなかった製品が多数ある。世界知的所有権機関によると、ブラジルは特許査定に最も時間がかかる国の一つで、申請から審査結果の通知まで平均約8年。米国の22か月、日本の15か月と比べるといかにも長い。
INPIのバイスプレジデントでブラジルにおける特許査定業務の責任者であるマウロ・ソドレー・マイア氏によると、昨年、特許査定担当者が200名増員され、査定結果数は、前年比で17%増加したとのことだ。
現在INPIでは小規模ベンチャー企業からの特許申請の査定期間を半分に短縮するための試験的プロジェクトが進行中だという。ここでは22万5000件の小規模企業からの出願が優先的に審査されている。
特許出願中の企業共通の悩みは特許登録前に模倣品が出てくることだ。キャット・マイ・ペットは模倣品問題を法廷外で解決せざるを得なかった。全国発明家協会の代表、カルロス・マゼイ氏によると、出願中の権利侵害に対しては、特許が取れてからでないと法的措置がとれないとのことだ。
出願中に自社の権利を守る措置としては、TSDのように外国で特許登録を受ける方法もある。TSDのオーナー、ヂオゴ・ペトリ氏の戦略は外国で特許登録をうけて、国際的に認められるものとすることだ。TSDは米国人の投資家を株主に迎えて米国で特許出願し、登録に至った。とはいえ、海外で特許登録したからといって、ブラジルの法廷に特許侵害の訴えを起こすことはできない点には留意する必要がある。
キャット・マイ・ペットは来年の前半には10倍の事業規模になると予想する。アグネス氏は模倣品対策の一環として特許出願をしたが、査定の結果が出るまであと3年かかるという。時間がかかるとはいっても、ブラジル知的財産権協会のヒカルド・ヴィリラ・ヂ・メロ氏は、何もしないで模倣品に苦しめられるより特許は出願しておいたほうがよいと強く勧める。
ブラジルにおける知的財産権を専門とするネヴィス・アマラウ法律事務所の弁護士、フライヴィア・アマラウ氏によると、ブラジル人の間で特許と商標権について誤認されていることが多いという。商標権は常に名称を扱い、特許は発明を扱う。どちらもINPIに登録されて効力をもつ。
フラヴィア氏によると、出願の際に気を付けなくてはならないことがいくつかあるという。
商標権も特許権も、出願の前に同じものがすでに登録されていないか調べる必要がある。また、特許についてはさらに慎重になるべき点がある。修正した内容での再出願ができないのだ。出願の内容に誤りがあった場合、出願内容に関する知的財産権が消滅し、パブリックドメインとなる。一方、商標権の場合は修正後、再度出願することができる。
いずれにしても知的財産権の出願の際は専門家の指示を仰ぐのが賢明だとフラヴィア氏は語る。
ブラジルは転職・起業に対する心理的ハードルも低いが、訴訟や特許出願についても同様で、「とりあえず出しておこう」的な提訴・出願件数も多いようだ。特許の査定結果通知に時間がかかるのは、高度な産業技術知識を持つINPI査定担当官の不足以外に、そういった国民性に起因する事情があるようだ。
キャット・マイ・ペット(CAT MY PET)
住所: Rua Barão do Piraí, 807 – Vila Lucia, São Paulo/SP – CEP: 03145-010
電話: (11) 2507-9325
Site: www.catmypet.com
ツリーテック・システムマス・ディジタイス(TREETECH SISTEMAS DIGITAIS LTDA)
住所: Praça Claudino Alves, 141 – Centro, Atibaia/SP – CEP: 12940-800
電話: (11) 2410-1190
Site: www.treetech.com.br
INPI(INSTITUTO NACIONAL DA PROPRIEDADE INDUSTRIAL)
住所: Rua Mayrink Veiga, 9 – Centro, Rio de Janeiro/RJ – CEP: 20090-910
Site: www.inpi.gov.br
ブラジル知的財産権協会(ASSOCIAÇÃO BRASILEIRA DA PROPRIEDADE INTELECTUAL)
住所: Condomínio do Edifício Clarice, Rua da Alfândega, 108 – Centro, Rio de Janeiro/RJ – CEP: 20070-004
Site: www.abpi.org.br
全国発明家協会(ASSOCIAÇÃO NACIONAL DOS INVENTORES)
住所: Rua Dr. Homem de Melo, 1109 – Perdizes, São Paulo/SP – CEP 05007-002
電話: (11) 3670-3411
Site: www.inventores.com.br
ネヴィス・アマラウ法律事務所(NEVES AMARAL ADVOGADOS)
電話: (11) 3588-0881
Site: www.nevesamaral.com.br
Email: flavia.amaral@nevesamaral.com.br
(文/原田 侑、写真/Reprodução/TV Globo/Pequenas Empresas Grandes Negócios)
写真はグローボ系列の経済情報番組「ペケーナス・エンプレーザス・イ・グランヂス・ネゴーシオス」より。TVグローボ系列の番組はIPCTV(グローボ・インターナショナル)で放送中。視聴の問い合わせは、080-3510-0676 日本語対応ダイヤルまで)