ケルアック原作「オン・ザ・ロード(路上)」におけるウォルター・サレス監督の視点

2013年 08月 30日

オン・ザ・ロード サブAa

ビートニク詩人と呼ばれるアメリカ合衆国の詩人ジャック・ケルアックが1957年に発表した「路上」は、ケルアック自らが命名したとされる“ビート・ジェネレーション”文学の代表的な作品だ。

ヒッピーたちにバイブルのように愛読されたという「路上」は、デニス・ホッパーやジム・ジャームッシュなどの映画人、ドアーズのジム・モリソン、ボブ・ディラン、ニール・ヤング、佐野元春などミュージシャンたちにも多大な影響を与えたといわれている。ケルアックはウィリアム・バロウズ、アレン・ギンズバーグ、ニール・キャサディと並び、世界中で支持されつづけている作家だ。

それだけ影響力の大きい作品だけに、安易な映画化は許さないという空気がエンターテインメント界~サブカルチャー界にずっとあったのだろう。何度か企画はあったようだが実現しなかったそうだ。映画化権を得ていたフランシス・フォード・コッポラは、それでも長年、映画化の機会を窺いつづけ、ようやく、映画化に踏み切った。

コッポラが映画化に踏み切ったきっかけのひとつが、ウォルター・サレス(ヴァウテル・サレス)監督との出会いだったという。若き日のチェ・ゲバラの南米大陸縦断の旅を描いたロードムーヴィ「モーターサイクル・ダイアリーズ」(03年)を観たコッポラは、「路上」を映画化できるのはサレス監督しかいないと考えたようだ。8年かけて交渉を続け、企画は現実のものとなった。

この映画は“ストーリー”はさほど重要ではなく、ケルアック自身がモデルとなったサル、ニール・キャサディがモデルとなったディーンの、ジャズ、ドラッグ、セックス、仲間たちとの関係などに彩られた無軌道な旅(というよりは“移動”)が描かれ、やがてこの旅(移動)そのものがビート文学となって生まれ変わるまでの過程(ほぼ実話とのこと)が、描かれている。

ケルアックは、ニールたちとの旅に感化されて、旅で感じたビートをそのまま文章化するために、ある日、思い立ったように「路上」を記したという。用紙を替えるために文章のリズムが途切れることを嫌い、あらかじめ、紙を約37メートルも繋げた状態で用意してからタイプライターを打ち始め、改行のない文章で、3週間で書き上げたという。

そこまでケルアックを興奮させたビート感を、ウォルター・サレスはニール・キャサディ(物語ではディーン・モリアーティ)を演じるギャレット・ヘドランドや、綿花畑で働く移民女性を演じるアリシ・ブラガの肉体に宿る生命の躍動感を見事に映像に映し出すことで視覚化している。

また、「移動」がテーマとなっている「路上」をサレス監督が映画化した、という点でもこの映画は興味深い。

そもそもが、ポルトガルをはじめ世界各国、そしてアフリカから南米へという大いなる移動を経て成立している国であり、かつ、経済的な格差などを背景に国内外への移民が多い国でもあるブラジル出身のサレス監督にとって、「移動」は大いなるテーマであり続けているからだ。「Terra Estrangeira(テーハ・エストランジェイラ)」(95)然り、「セントラルステーション」(98)然り、「モーターサイクル・ダイアリーズ」(04)然り。

「移動」することを余儀なくされた人にとっての「移動」と、何らかの閉塞感に追われるように移動する人にとっての一見、必然性がないように見える「移動」との差異、もしくは類似性もまた、移民労働者を演じるアリシ・ブラガと放浪者を演じるギャレット・ヘドランドの肉体を通じて、映画の中で問いかけられている。

という見方をすれば、「モーターサイクル・ダイアリーズ」がそうであったように「オン・ザ・ロード」もまた、ウォルター・サレス監督のブラジル人映像作家としての視点が色濃く反映された作品だといるといえるだろう。

ウォルター・サレス監督作品:「Terra Estrangeira」(95)、「O Primeiro Dia(「リオ、ミレニアム」)」(98)、「Central do Brasil(「セントラル・ステーション」)」(98)、「Abril Despedaçado(「ビハインド・ザ・サン」)」(01)、「Diários de Motocicleta(「モーターサイクル・ダイヤリーズ」)」(03)、「Água Negra(「ダーク・ウォーター」)」(05)、「Paris, Te Amo」(06)、「Cada Um Com Seu Cinema」(07)、「Linha de Passe(「リーニャ・ヂ・パッシ」)」(08)、「Na Estrada(「オン・ザ・ロード」)」(12)、「The Man in the Rockefeller Suit」(14)

映画上映スケジュールは
http://megabrasil.jp/20130804_725/
http://megabrasil.jp/20130805_722/
を参照ください。

(文/麻生雅人、写真提供/ブロード・メディア・スタジオ)