リオのストリートカーニバル、風俗産業従事者と地域にエール
2026年 02月 11日

サウンドシステムを搭載したカーニバル車両の上で、司会役が観客に向けて風俗産業従事者への拍手を呼びかけた。
「この仕事は本当に大変なんです。みんな、敬意を込めて拍手をおねがいします」。
音楽が流れ始めると、歌詞はヴィラ・ミモーザで働く女性たちに向けられ、「このサンバはあなたたちのものだ」と語りかける。
だが、こうした賛辞や連帯の言葉があっても、風俗産業従事者の多くはストリートカーニバルのブロッコ(ストリートカーニバルでパフォーマンスを行う団体)の列には加わらない。歩道やバーの店内から、距離を置いて踊りながら祭りを見守る姿が目立つ。58歳のエストレーラさんもその一人だ。
「私はここから踊るわ。あまり目立ちたくないから」と話す。
「クラブの中なら気にしないけれど、ブロッコの人たちが私が一緒に踊るのを嫌がるんじゃないかと不安でね。だからここで踊っているの。私なりに敬意を払っているつもりよ」(エストレーラさん)

この情景は、リオ市バンデイラ広場周辺の路上を行進する「ブロッコ・ゾーナ・ド・マンギ・エ・ヴィラ・ミモーザ」が抱える課題の一つでもある。
地域住民が2018年に立ち上げたこのブロッコは、売春街として長く烙印を押されてきた土地の記憶と文化的な力を称える目的で始まった。
しかし、風俗産業従事者たちの本格的な参加は、期待した形では広がっていないと、ブロッコ代表でソーシャルワーカーのクレイジ・アウメイダさんは説明する。
「撮影されてメディアに映るのを恐れて逃げてしまう女性もいます。一方で、私たちの姿を見つけると外に出てきて、一緒に通りを練り歩きたいと言ってくれる人もいる。でも、彼女たちとより近い形で活動できるのは、資金援助や社会プロジェクトが動いている時だけなんです。今はそれがありません。だからこそ支援が必要なんです」(アウメイダさん)
ブロッコで3年間演奏を続けているバンド「エンショッタ・キ・エウ・ヴォウ」のメンバーの一人、フェリペ・ヴァスコンセロスさんは、風俗産業従事者たちの参加や主体的な関わりが広がらない背景には、社会経済的な壁があると指摘する。
「私たちはずっと、彼女たちをブロッコに迎え入れたいと取り組んできました。でも、さまざまな事情があって簡単ではないんです。彼女たちは夜遅くまで働き、子どもがいて、この地域に住んでいる。寝るのも遅くなり、家族の世話もしなければならない。その慌ただしい日常の中で、打楽器の講座やほかの活動に参加したいという気持ちが生まれにくいのかもしれません」(フェリペさん)

カーニバルと地域コミュニティ
21歳のライーザは、ヴィラ・ミモーザで働き始めて5年になる。自身はパレードに加わらないものの、ブロッコの存在は、地域にとって前向きなものだと捉えている。
「ここは働きやすい場所だし、ブロッコは本当に楽しいんです。多くの人はちょうどその時間に仕事が入ってしまうけれど、パレードはこの地域や私たちの価値を高めてくれる。今の世の中は偏見がとても強いけれど、ブロッコは、その現実を世の中に気づかせるきっかけになると思います」(ライーザさん)
「私は金曜にここへ来て、家に帰るのは月曜です。家賃や生活費をきちんと払うには、この働き方しかないんです。だから、ここがなくならないよう願っています。私たちは働いているだけなんです」(ライーザさん)

ブロッコの代表アウメイダさんは、パレードの最大の目的は、この地域に向けられてきたネガティブなイメージを変えることだと強調する。
「リオに住む人は誰でもここに来て、風俗産業従事者たちの生活をもっと知るべきです。彼女たちは他の誰とも変わらない、母であり、姉であり、娘であり、祖母でもある。大切なのは、彼女たちの歴史を知り、先入観だけで判断しないことです。ブロッコはそのための場なんです。タブーを打ち破るためのブロッコなんです」(アウメイダさん)
一方、距離を置いてブロッコを楽しんでいたエストレーラさんの人生も、こうしたタブーを揺さぶる一例だ。
「私は看護助手の資格を持っていて、ここには副収入を得るために来ています。大きな借金を抱えてしまったのがきっかけで、詐欺に遭って10万レアル以上を失いました。借金はすべて返したけれど、ここでは稼ぎが良いので続けています。社会に後ろめたいことは何もありません。子どもも二人育て上げました。今の生活を維持し、さらに良くするためにここにいるんです」(エストレーラさん)
初めてブロッコを訪れた行政職員のダニエラ・タルタさんは、まさに偏見をなくすために足を運んだと話す。
「今こそここに来て、これまで軽んじられ、価値を否定されてきた人たちのことを、きちんと知りたいと思ったんです。私たちは彼女たちと連帯するために来ました。ここにはどこにでもいる普通の人たちがいる。開かれた、完全に民主的な空間です。私はそれを信じています」(ダニエラさん)

変わりゆく街の姿
ヴィラ・ミモーザは、19世紀末から20世紀初頭にかけて存在した旧マンギ地区の歴史を受け継いでいる。かつてリオ市の主要な売春街は、マンギ運河と現在のヴァルガス大統領大通り周辺、いわゆる中心部に広がっていた。
その後、都市再開発や「秩序化」を掲げた政策が進む中で、バーやナイトクラブは20世紀を通じて別の地域へと押しやられていった。工場跡地や倉庫が並ぶバンデイラ広場周辺は、そうした流れの中で風俗産業従事者を受け入れるようになり、1990年代半ばにはヴィラ・ミモーザが風俗産業の拠点として定着した。
現在、社会運動団体や住民組織、風俗産業従事者らは、VM(ヴィラ・ミモーザの通称)が行政からより多くの支援を受けられるよう求めている。地域の複雑な社会的・歴史的背景に向き合うためには、公共サービスの拡充、権利保障、都市インフラの改善など、総合的な取り組みが必要だと訴えている。
(記事提供/Agência Brasil、構成/麻生雅人)




