サウゲイロがホーザ・マガリャンイスに捧げるテーマで2026年のパレードを締めくくる
2026年 02月 13日

魔女にも、干しダラにも、片足の海賊にも怯まなかった“教授”の奔放なカーニバルの旅路——。
これが、2026年にアカデミコス・ド・サウゲイロが掲げるテーマであり、カーニバル演出家ホーザ・マガリャンイスへの大規模なオマージュとなる。
1984年に開場したマルケス・ジ・サプカイのサンボードロモ(カーニバル専用行進会場)で数々の栄冠を手にしてきたホーザは、これまでに6度の優勝を飾っている。インペラトリス・レオポルジネンシで5回、ヴィラ・イザベウで1回のタイトルを獲得し、創造性と革新性、そしてブラジルらしさに満ちた作品でパレードの歴史に深く名を刻んできた。
サウゲイロのカーニバル演出家ジョルジ・シウヴェイラは、アジェンシア・ブラジルの取材に対し、2024年7月に亡くなったサンボードロモの大御所ホーザ・マガリャンイスから学んだことを語った。
「ホーザは“教授”であり、彼女のカーニバルを通じて私たちにブラジルとブラジルらしさを愛することを教えてくれました。毎年、彼女はその作品でブラジルのアイデンティティの世界をパレードに広げてみせたのです。今回の私たちのテーマは、ホーザが私たちに与えてくれた想像力の宇宙への感謝を込めたカーニバルです」(ジョルジ・シウヴェイラ)
ジョルジ・シウヴェイラは、ホーザ・マガリャンイスの作品世界の多様さこそが、今回の制作で直面した最大の課題だったと語った。2024年7月に亡くなったホーザは、50年に及ぶキャリアの中で、リオの12のエスコーラ・ジ・サンバ(サンバ団体)を渡り歩いてきた。ポルテーラ、トラジサォン、マンゲイラ、ウニオン・ダ・イーリャ、サン・クレメンチ、トゥイウチなど、名門団体の数々で作品を手がけてきた。
「ホーザ・マガリャンイスは間違いなく、カーニバル制作の現場に最も長く携わったアーティストです。カーニバル演出家として活動した五つの年代すべてで優勝を経験した唯一の人物であり、常に革新的で、極めて豊かな創造性を持つ重要なアーティストでした」(ジョルジ・シウヴェイラ)
そのため、今回サウゲイロが選んだのは、伝記的な構成ではなく、彼女の作品が観客に刻んできた集合的記憶に焦点を当てたカーニバルだという。
「カーニバルを愛する人なら、象徴的なモチーフをすぐに見分けられるはずです。天使、王冠、ロバ……ホーザが想像の世界で生み出してきたものが、物理的な形で登場します。ただし、それらを他の要素と組み合わせることで、彼女が私たちに与えてくれた感情の、より広い記憶を呼び起こす構成にしています」(ジョルジ・シウヴェイラ)
サウゲイロ革命
ジョルジ・シウヴェイラは、ホーザ・マガリャンイスを称えるテーマを選んだ背景について、彼女が芸術家としてのキャリアをサウゲイロでスタートさせたことが大きかったと説明した。シウヴェイラは、ホーザを「1960年代のサウゲイロ革命の“果実であり娘”」と表現し、同団体がリオのカーニバルの美学を変革した運動の中心にいた存在だと強調した。
「ホーザは、フェルナンド・パンプローナとアルリンド・ホドリゲスが率いたこの運動の一部であり、彼らはホーザにとって“師”にあたる人物でした」(ジョルジ・シウヴェイラ)
(注:フェルナンド・パンプローナはサウゲイロの黄金時代を築いた演出家。1960年代に、リオのカーニバルを「歴史・文化をテーマにした芸術的パレード」と再定義して改革を起こし、カーニバルの“演出家”という職業を確立した先駆者。ホーザ・マガリャンイスの師に当たる。アルリンド・ホドリゲスも、サウゲイロに革命をもたらした演出家。カーニバル演出における、色彩の饗宴と壮大な美術セットを作り上げた)
この運動には、マリア・アウグスタ、リシア・ラセルダ、ジョアンジーニョ・トリンタ、ヴィリアト・フェヘイラといった後に名カーニバル演出家となる面々も名を連ねていた。
シウヴェイラによれば、ホーザを讃えるという決断は、パレード順を決める抽選結果によってさらに後押しされたという。サウゲイロは2026年のパレードで最後に登場することになり、カーニバルの大団円を飾る役割を担う。サンボードロモが開場して40年、同団体が最終出走となるのは初めてだ。
「こうした条件がすべて揃ったことで、私たちは“教授”ホーザ・マガリャンイスを讃えると最終的に決断しました」(ジョルジ・シウヴェイラ)
ホーザ・マガリャンイスの図書館
ホーザ・マガリャンイスの作品づくりの特徴のひとつは、必ず一冊の本を出発点にしてテーマ(エンヘード)を構築することだった。ジョルジ・シウヴェイラは、彼女が常に綿密なリサーチからカーニバルを始めていたと振り返る。
「ホーザの発想は、文学の世界との接触から生まれます。彼女は文学に深く潜り込み、そこからアイデアを引き出す。だからこそ、本は“教授”にとって最も大切で、最も貴重な象徴なのです」(ジョルジ・シウヴェイラ)
こうした背景から、サウゲイロの2026年のカーニバルは、ホーザ・マガリャンイスの“図書館”に足を踏み入れるところから始まる。そこでは、彼女が生み出したキャラクターたちが、エスコーラ・ジ・サンバの到来を待ち構えているという設定だ。
テーマ構築にあたり、シウヴェイラたちはホーザ本人が残した膨大な資料を参照した。彼女の全てのデザイン画は、リオデジャネイロ州立大学(Uerj)に収蔵されており、体系的にカタログ化されている。資料はすべて収集され、スキャンされ、Uerj のデータベースを通じてオンラインで公開された。これにより、誰でもホーザが50年のキャリアの中で残した4,000点を超える画像にアクセスできるようになっている。
研究チームが内容を整理する中で、いくつかのテーマに共通して登場するモチーフがあることが判明し、それらを軸にグループ化が進められた。
ただし、調査の過程で、1990年と1991年の資料が Uerj のアーカイブに含まれていないことが分かった。奇しくも、この2年はホーザがサウゲイロで手がけたカーニバルだった。
この“空白”を埋める手がかりは、ホーザを偲ぶエンヘードの祝賀イベントの最中に訪れた。
「思い出すだけで鳥肌が立ちます」(ジョルジ・シウヴェイラ)
「ちょうど彼女へのオマージュの日に、1990年と1991年の資料が私たちのもとに“贈り物”として届けられたんです。私の“記憶のシール帳”を完成させるために欠けていたデザイン画でした。ホーザ自身が送ってくれたとしか思えません」(ジョルジ・シウヴェイラ)
シウヴェイラは、今回のテーマ(エンヘード)に取り組む中で特別な時間を過ごしていると語った。彼は、ホーザ・マガリャンイスがリオとサンパウロの2都市で同時にカーニバル制作を行っていた時期に、彼女のアシスタントとして働く機会を得ており、“良き弟子”として多くを学んだという。
「彼女の家に通い、教えを受け、とても近い距離で接することができました。ブラジル文化にあれほど大きな影響を与えた人物でありながら、驚くほど質素で謙虚な人でした。手を取って“こうやるのよ”と教えてくれる、まさに本物の教授でした」(ジョルジ・シウヴェイラ)
さらにシウヴェイラは、ホーザが活躍した環境の厳しさにも触れた。
「私たちが話しているすべては、極めて男性優位の世界で生き抜いた一人の女性から生まれたものです。カーニバル演出家は圧倒的に男性が多い中で、彼女は全員を腕の下に抱え込むようにして、誰よりも勝ち続けたんです」(ジョルジ・シウヴェイラ)
コミサォン・ジ・フレンチ(行進の先導隊)
サウゲイロの2026年パレードに向けた先導隊(コミサォン・ジ・フレンチ)の準備は昨年の10月に始まり、以来、メンバーと振付師パウロ・ピナは厳しい練習スケジュールを続けている。
「基本的にカーニバル本番の日まで続きます。夜間に行うリハーサルは4時間に及ぶこともあり、かなりハードな日々です」(パウロ・ピナ)
ピナは、ホーザ・マガリャンイスの世界観を先導隊で表現することは非常に大きな責任だと語る。ホーザ自身がこの審査項目を重視していたからだ。
「この分野に多大な貢献をしたカーニバル演出家を語ることができるのは大きな名誉です。私たちが表現する世界を少しずつ形にしていく作業は、とてもやりがいがあります」(パウロ・ピナ)
先導隊の演出内容について詳細は明かさなかったが、ピナはホーザの作品に特徴的な要素を踏襲すると話す。
「ホーザは、少ない要素を巧みに使い、それを多様な意味に“変換”して物語を語ることができた人です。あの軽やかさと遊び心は本当に素晴らしい」(パウロ・ピナ)
今年の先導隊は19人で構成され、そのうち観客から見えるのは15人となる。つまり、観客には見えない形で、何らかの交代や仕掛けが演出に組み込まれている可能性がある。
「もちろんサプライズはありますし、皆さんに楽しんでもらえるはずです。17日のパレード当日には、驚きが欠かせません。なにより、ホーザ・マガリャンイスの先導隊なのですから」とパウロ・ピナは締めくくった。
(記事提供/Agência Brasil、構成/麻生雅人)




