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歌手としてヴィニシウス・ジ・モライスとも共演。
女優オデッチ・ララ、85歳で永眠

オデッチ・ララ

TVグローボが2月4日、番組「ジョルナウ・オージ」と「ジョルナウ・ナシオナウ」で伝えたところによると、4日早朝、女優のオデッチ・ララが亡くなった。85歳だった。

イタリア人移民の娘オデッチは、モデルとしてショービジネスでのキャリアをスタートさせた。同日づけの「G1」によると、オデッチは若いころに両親が自殺をするなど、厳しい環境で青春時代を過ごしたという。

逆境の中、稀代の美貌を生かして1952年、ブラジルで初めて行われたファッションショーでモデルデビューを果たした。1950年代後半から映画の世界に転向、シネマ・ノーヴォの女神として人気を博し、以降40以上の映画に出演した。

映画の世界に転向後、グラウベール・ホーシャ(ロシャ)監督の「オ・ドラガゥン・ダ・マウダーヂ・コントラ・オ・サント・ゲヘイロ(『悪のドラゴン対聖なる戦士』1969年)」、ヴァウテル・ウーゴ・コーリ監督の「ノイチ・ヴァジア(『うつろな夜』1964年)」、ウーゴ・カルヴァーナ監督の「ヴァイ・トラバリャール・ヴァガブンド(『働け、ろくでなし』1973年)」への出演で女優の地位を確立した。

女優としての最後の作品は1994年のテレビドラマ「パトリア・ミーニャ(『私の祖国』)」だった。また映画以外でも活発に活動し、音楽ではシコ・ブアルキやヴィニシウス・ヂ・モラエスとコラボレーションをしている。

その後も劇場、テレビで活躍したが、仏教に帰依したことをきっかけに、キャリアの絶頂期にも関わらず隠居した。隠居後は仏教の本を何冊か翻訳している。

オデッチは脚本家のオドゥヴァウド・ヴィアナ・フィーリョと離婚後、テレビドラマ監督のアントニオ・カルロス・フォントーラと再婚したが、子供はいなかった。

3か月前から容態は悪化し始め、4日朝、眠っている間に心筋梗塞を起してに亡くなったとのこと。遺体は4日、通夜のためにリオのパルキ・ラジェに運ばれ、5日にはノヴァ・フリブルゴのルーテル教会に運ばれ、そこで火葬されたという。

(文/余田庸子、写真/Divulgação)
写真は映画「Bonitinha, mas ordinária」(1963年)のオデッチ・ララ

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