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ブラジルを代表する造形作家トミエ・オオタケ(大竹富江)さん、101歳で永眠

トミエ・オオタケ

TVグローボのニュース番組「ジョルナウ・ナシオナウ」が2月12日、ブラジルを代表する造形作家のトミエ・オオタケさんが、12日の昼過ぎに他界したと伝えた。101歳だった。

死ぬ直前まで創作活動を続けていたトミエさんは、100歳のインタビューにも元気に答えていた。

「今まで年をとったな、なんて感じたことはないし、今も自分が100歳になったという自覚はないわ」(トミエ・オオタケさん)

報道によると肺炎でサンパウロ市内のシリオ・リバネース病院に入院していたトミエさんは10日、朝食を摂っているときに食べ物を喉に詰まらせた。気道確保のための穴をあける手術をし、そこから呼吸をしてたが、しばらくして心停止が起こりそのまま亡くなったという。

トミエさんは1913年、京都に生まれ、23歳でブラジルにやってきた。40歳で初めて絵を描き始め、そのころは自然や人の生活を描いていた。後に抽象画に転向し、絵画のみならず数々のオブジェをサンパウロの街中に残している。

日本人移民80周年の記念に作られたトミエさんの作品は、サンパウロを代表する大通りの一つ、5月23日通りで見られる。コンクリート製の4つの波形は、ブラジルに定住することを決めた日本人の移民から4世代目が生まれていることを表している。

サンパウロ市内だけでトミエさんのオブジェは25個設置されている。その中でも本人が最も気に入っているのは、イビラプエラ公園にある講堂で、入り口の天井には人を招き入れるような波形をデザインしたオブジェがある。地下鉄のコンソラサゥン駅のホームに設置されたパネルもトミエさんの作品だ。

「トミエが絵をかき始めたころは、女性で絵を描く人は非常に少なかった。でも彼女は戸惑うことなく時代の中を突っ走り、常に前に向かっていた」(レダ・カトゥンダさん、アーティスト)

建築家である2人の息子、フイ(ルイ)さんとヒカルドさんは母についてこう語った。

「母は生涯、芸術というのは一部の特権階級のものとして扱われるのではなく、民衆のものであるべきだと叫び続けた。アートを民衆にとって身近なものにするため、様々な場面で手助けをした」(フイ・オオタケさん)

「母は本当に仕事が好きで、いつも何か新しいものを作り出していた。生きることを本当にいつくしんだ人だった」(ヒカルド・オオタケさん)

サンパウロ市ピニェイロスにあるトミエ・オオタケ館(Instituto Tomie Ohtake)に入ると、ゆっくりと動く、流線型のオブジェたちが出迎えてくれる。彼女の作風を代表する作品群だ。そのトミエ・オオタケ協会で13日、最後のお別れの会が催された。

(文/原田 侑、写真/Fotos Públicas (05/11/2013))
2013年、文化勲章を受賞したトミエ・オオタケ氏と勲章を授与するマルタ・スプリシー文化相(当時、左)

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