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ブラジル映画の巨匠、ネウソン・ペレイラ・ドス・サントス氏死去

ネウソン・ペレイラ・ドス・サントス

グローボ系ニュースサイト「G1」が4月21日づけで伝えたところによると、同日17時ごろ、ブラジル映画界の巨匠、ネウソン・ペレイラ・ドス・サントス氏がリオデジャネイロ市ボタフォゴ地区のサマリターノ病院で死去したという。89歳だった。

同氏は4月12日から肺炎の症状でサマリターノ病院に入院中だったが、直接的な死因は肝臓がんとのことだ。

ネウソン氏は1950年代の“シネマ・ノーヴォ(新しい映画)”ムーブメントの先駆者的映画監督。この運動はイタリアのネオレアリズモ、フランスのヌーヴェルヴァーグなど海外の映画界の影響を受け、ブラジルで派生したと言われる。

『シネマ・ノーヴォ』は、ブラジルにおいて単なるエンターテインメントと位置付けられていた映画に、ブラジルの現実を投影し、社会をリアルに伝える作風で衝撃を与えた。以後、ブラジル映画界は新たなフェーズに入り、シネマ・ノーヴォ運動はグラウベール・ホーシャなど世界的に活躍する前衛的な映画人を輩出していった。

1928年10月22日サンパウロ市生まれのネウソン氏は映画監督、プロデューサー、脚本家、映像編集者、俳優、そして大学教授という多彩な顔を持つ。2006年以降はブラジル文学アカデミー(ABL)の7番目のメンバーを務めていた。映画脚本家がABLのメンバーに選ばれたのはこれが初めてのことだ。

1950年に大学の法学部を卒業後、新聞社に勤務した後、教鞭をとったこともあった。映画人としては20本の作品の監督をつとめ、中でもブラジルを代表する作品ともいわれる「リオ40度」(1955年)はネウソン氏の名前をブラジル全土のみならず世界に知らしめた。

「リオ40度」はファヴェーラ(スラム街)で生きる貧しい子供・若者たちの現実を描いた作品だが、当局はこの映画を検閲の対象とするため、「リオの気温は40度までは上がらない」とタイトルに難癖をつけたという。

ネウソン氏死去のニュースを受けて、テメル大統領はツイッターで哀悼の意を示した。

「ブラジル文化は喪に服します。本日、我々はこの国で最も重要で数々の賞を受けてきた映画人、ネウソン・ペレイラ・ドス・サントス氏を失いました。彼はブラジル映画を文学に高めました。そして彼の映画はブラジル国民の本質を忠実に描き出しています」(テメル大統領ツイッターより)

通夜はABLで行われる予定だが、まだ詳細は報じられていない。

ネウソン氏の映画は日本でも、アテネ・フランセ文化センター等でたびたび上映され、多くの映画人、評論家、大学教授などがその芸術性、社会的・文化的影響力について語っている。ネウソン氏の死去はブラジルだけでなく世界の映画界からおおいに悼まれることとなるであろう。

(文/原田 侑、写真/Reprodução/TV Globo/Globo News)
写真はグローボ系列の報道番組「グローボニュース」よりネウソン・ペレイラ・ドス・サントス監督。TVグローボ系列の番組はIPCTV(グローボ・インターナショナル)で放送中。視聴の問い合わせは、080-3510-0676 日本語対応ダイヤルまで)

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