故人に化粧を施す葬儀サービス業に転職したブラジル人青年、「”おくりびと”は天職です」

2017年 11月 8日

ブラジル おくりびと

外国の航空会社を利用する際、機内エンターテインメントをチェックするとたいてい日本映画のラインナップに入っている映画がある。黒澤明監督の「七人の侍」と滝田洋二郎監督の「おくりびと」だ。

2008年アカデミー賞外国語映画賞を受賞した「おくりびと」は、ブラジルを含む世界各国で上映され、高い評価を受けている。宗教が異なっても、愛する人を見送る、残された人たちの物語は深い共感を呼ぶようだ。

映画に影響を受けたかどうかは定かではないものの、ブラジルにも「おくりびと」がいるとのニュースが入ってきた。

グローボ系ニュースサイト「G1」が11月2日づけで伝えたところによると、サンパウロ州モジ・ダス・クルーゼス市に住むアンドレ・サトーさんは、故人に化粧をする自分の生業を天職だと語っているという。

アンドレさんの仕事場は、いつもとても静かだ。真っ白でひんやりした部屋の中で一人、集中力をもって着々と作業を進めていく。

彼の元々の専門は歯の噛み合わせや審美性の改善を専門とする補綴(ほてつ)歯科だが、今の職業につく前は、サンパウロ市のメルカード・ムニシパウ(市営市場)でチーズとワインを売るブースで販売を担当していた。

8年前、自分が住んでいるモジ・ダス・クルーゼス市に自分の店を持つまでの一時的な仕事として、葬儀サービス業に就いた。そこで初めて故人への化粧を行ったが、この仕事に魅せられ、今や自身の転職とまで感じているという。

「私はこの仕事が大好きなんです。環境はいいですし、同僚にも恵まれています。とてもつらく悲しい状況にある遺族から『ありがとう』という言葉を聞けると、とても報われた気持ちになります。これはお金には代えがたい経験です」(アンドレさん)

アンドレさんは死に化粧以外にも葬儀にかかわる業務をこなす。化粧をする前に、遺体を病院から自宅に送り届け、清め、服を着せ、身だしなみを整える。

遺族の待つ自宅に向かう際、彼は仕事道具の詰まった2つの小型スーツケースを持参する。一つには様々な色の口紅、マニキュア、アイシャドー、パウダー、基礎化粧品、化粧筆、櫛・ヘアブラシが詰まっている。もう一つにはピンセット、髭剃り道具一式、アセトン溶液、消臭剤、包帯、ハサミ、ジェル状アルコールが入っている。

アンドレさんは日に4-15の遺体を手入れを行う。たいていの場合は表面の汚れを取って軽く化粧をするだけで終わる。作業工程に遺族の意向が組み込まれることもあるが一般の化粧品店・香水店などで手に入る範囲のものを使用している。それで問題になったことはないという。

ただ、遺体の状況によっては修復が必要なこともある。その場合は告別式の日程を少し後ろにずらして修復の時間を作ってもらう。顔面の陥没を戻したり、皮膚の色を生前と同じ色に戻したり、腐乱による液状化を止めるなどの措置をとる。

アンドレさんがこの仕事を始めて8年たつが、仕事を覚えるまでにはさほど時間はかからなかった。一方で、ハードな現場に向き合うために自分のメンタルを整え、コントロールする必要性を強く感じたという。

「時々、とても妙な気分になります。家庭では生きている家族と現実をともにしつつ、仕事ではあの世に接しているわけですから。事故に遭われた方のご遺体と接した後などは、数日間、そのことが頭から離れないこともあります。そんな時は友人や職場の先輩社員に助けてもらって心の平穏を取り戻します」(アンドレさん)

アンドレさんの家族や友人は「頭がおかしい」「勇気がある」など彼の仕事に様々な反応を示している。彼の妻は日々どんなことをしているのか興味津々だという。

「私の妻はいつも『私にも化粧をしてよ!』と言います。でも、どんなにせがまれても、私は絶対に生きている人に化粧はしません。私の顧客は化粧に文句は言わないんですよね、棺桶の中なので(笑)」(アンドレさん)

文化や宗教は違っても、生と死をめぐるドラマには世界共通の点が多いようだ。

(文/原田 侑、写真/Maiara Barbosa/G1)