ルーラ大統領、訪日の成果を語る
2025年 03月 29日
3月24日(月)に国賓として来日したルイス・イナーシオ・ルーラ・ダ・シウヴァブラジル連邦共和国大統領は、27日(木)午前、随行した閣僚や議員らと共に日本を発つ前に帝国ホテルで記者会見を行った。
これまでにも何度が来日しているルーラ大統領は「今回が最も重要なものだった」と語った。スピーチでは、天皇皇后両陛下と日本への感謝の気持ちを語った。
「暖かく歓待を受けました。天皇皇后両陛下から、石破総理から、日本の皆さんからの暖かい歓待への深い感謝を携えて、私たちは日本を離れます。私と共に同行した全員が、深い感銘を受けています」(ルーラ大統領)
現地メディア「アジェンシア・ブラジル」によるとルーラ大統領は日本に到着した翌日の25日(火)、皇居での歓迎行事に参加した後、天皇皇后両陛下と会談や昼食を共にし、夜は宮中晩餐会に招かれた。
「天皇皇后両陛下とのお時間もいただきました。とても有意義で、天皇陛下の人としての温もりを感じることができ、天皇陛下の言葉は心にしみるものがありました。天皇陛下には指一本触れてはいけない、という神格化されているイメージを抱いてブラジルから来ましたが、実際にお会いすると非常に親しみ深く、明るく、優しく、そしてブラジルへも何回かいらしていただいているので、ブラジルのこともよくご存じでした」(ルーラ大統領)
3月26日(水)には石破茂首相との首脳会談が行われた。日本の外務省の発表によると、会談で両首脳は、国連創設80周年に当たる本年、安保理改革の具体的進展に向けてG4で引き続き連携していくことも確認したという。

「今回の訪日は、目的としては、まず二国間の関係を深めることでした。世界中で民主主義が脅かされている中で極右や否定派の傾向が強まってしまっている中、保護主義が強化され自由貿易が脅かされている中、日本のような重要なパートナーの貿易が縮小されてしまうようなインパクト、世界的なグローバルガバナンスが脅かされています」(ルーラ大統領)
「私たちは国連の改革も訴えています。世界における地政学的な見直し、1945年と同じ状態で国連の地政学が続いているのは現状に見合っていません」(同)
「日本を含め世界には多くの人口を保有している国が数多くあります。日本もブラジルもメキシコも、それらの国が常任理事の席を得る権利があると思いますし、代表の責務が失われている国連の機関は見直されるべきだと思います。国連安保理の実際の理事国は一方的に話し合って、彼らが武器を生産し戦争を起こし、拒否権も持っています。国連はイスラエルという国家を設けたのに、パレスチナという国を設ける力はありません。グローバルな決議に対して力を持つ必要があります」(同)
国連改革の話題の中で大統領は、COP30開催への意気込みを語った。今年11月にパラー州ベレンで開催されるCOP30では、ブラジルが議長国を務める。
「たとえば気候に関する決議がなされたら、それを実行することを監視する組織が必要です。COPをどこかの国が開催したとして、約束事がそれぞれの国の状況によって変わるということは許されることではありません」(ルーラ大統領)
「京都議定書やコペンハーゲンにおいて合意されていた、先進国が森林保全するために支出することになっていた金額は支出されていません。これは認められないことです。積み重ねを考えると16年間、支払われなかった金額は1兆ドルに近い金額にまで累積されています」(同)
「私たちは、11月に予定されているCOP30は、史上最高のものにする予定です。ただの見せかけのものではなく、平和的な環境において、各国の首脳が責任をもって実行する内容が決議として発行されるように、真剣な実りのある対話を行います」(同)
2025年1月、2024年が観測史上最も暑い1年であり、世界全体の気温が産業革命以前と比べて1.55℃上昇したという世界気象機関(WMO)の発表が公表されている。2024年はブラジルも、これまでに経験したことのない異常気象現象による被害を被った。南部リオグランジドスウ州を襲った豪雨は、200万人以上が被災する、ブラジル史上最悪の水害となった。

「世界が問題を抱えているということを信じていないなら、昨年私たちが経験した現実ことを思い返せば、世界中において秩序が乱されているということは明らかでしょう」(ルーラ大統領)
私たちが吸っている空気、飲んでいる水、暮らしている環境が脅かされていること目に見えています。は明らかです。科学者の言葉は必要ないでしょう。雨が降っていたところが干ばつになったり、乾いていたところに大雨が降ったり、世界が大きく変わってしまっていて、そこに人間の責任があることを認める必要があります。200年前には、150年前には見られなかったようなことが、産業化、工業化によって大きな変化が、私たちの地球に見られているるのです」(同)

「このような気候変動を信じている人たちは闘う必要があります。声を高らかに上げる必要があります。ブラジルは、そうします。地球を破壊することは認められません。マリーナ・シウヴァ環境気候変動大臣、これまでのCOPの中で最高のCOP会議にしましょう! 私たちは2030年に違法伐採をゼロにする目標を掲げています。すべてのブラジル国民がより安全な水を得て、より基本的な衛生環境を得て、よりきれいな空気を吸って生きていく生活が保障されることを目指します」(同)
気候変動対策やグリーンエネルギー事業での両国の協力に関しては、26日(水)、「ブラジルの劣化牧野回復に係る意向表明書」に、日本側からは岩屋毅外務大臣と江藤拓農林水産大臣、ブラジル側からはカルロス・ファヴァロ農牧畜供給大臣とパウロ・テイシェイラ農業開発・家族農業大臣が署名を行っている。
ブラジルでは、森林伐採を食い止めながら新たな農地を確保するための手段の一つとして、劣化牧野(不十分な土地管理や過放牧等により土壌が劣化した牧草地や農地)を農地に転換するための「劣化牧野を持続可能な農業生産と森林に転換するための国家プログラム(PNCPD)」が2023年12月に発表されている。
「過去に不毛の地よ呼ばれていたセラードの開発での日本の協力を得られ、日本の技術がもたらされたことで、セラードを国内で最も農業生産の大きい地域に成長させることができました。エタノールに関しても、ブラジルは耕作地を多く持っています。水もたくさんあります。そして太陽がたくさん当たる場所でもあります。日本の皆さんがブラジルに進出して、劣化牧野地域、これは4000万ヘクタール、ポルトガル一国より広い面積ですが、これを回復させて食料の生産を行ったり、牧畜も、あらゆる生産活動を行うことが可能です。ぜひ日本の皆さんが、ブラジルのエネルギー転換システムに参画されることを願います。化石燃料からクリーン燃料に変えていくものです。これは長い時間がかかると思いますが、身近なところから一歩一歩始めていくことが重要です。そして日本の経済が成長することも重要だと思います」(ルーラ大統領)
この会見が行われた前日の26日(水)に、アメリカ合衆国のトランプ大統領が、米国に輸入される自動車などに25%の追加関税を課すとする文書に署名した。記者団からは、このトランプ氏の発表に関する質問がなされた。これに対しルーラ大統領は、保護主義に対する批判を述べた。
「アメリカ合衆国は日本車を大変数多く輸入しており、米国で自動車を生産している日本企業も数多くあります。正直言って、日本からの車の購入に 25% 課税することに何の利益があるのか理解できません。唯一、私にわかるのは、米国民が購入するためにより高額になるであろうということだけです。そして、この価格の高騰はインフレの増加につながる可能性があり、インフレの増加は金利の上昇を意味し、金利の上昇は経済の停滞を意味する可能性があります」(ルーラ大統領)
「トランプ大統領がすべきことは、これらの決定の影響を計算することです。もし彼が、米国が輸入するすべてのものに課税するというこの決定が(国の利益になると)考えているなら、それは米国に損害を与えると考えます。これは物価を上昇させ、彼がまだ気づいていないインフレを引き起こす可能性があります」(同)
「ブラジルの側ですが、彼(トランプ大統領)は、ブラジルからのブラジル産鉄鋼に25%の税金を課しました。私たちは2つの決断をしなければなりません。1点は世界貿易機関(WTO)への提訴であり、我々は訴えるつもりです。もう1点は、相互主義の慣例を実行に移し、我々が輸入する米国製品に追加関税を課すことです」(同)
ルーラ大統領は、多国間主義の重要性も訴えた。
「日本の皆さんにお伝えしていますが、天皇陛下にも、総理大臣にもお伝えしましたが、多国間主義を守ることが非常に重要であるということを、私たちは訴えます」(ルーラ大統領)
「1980年代には、自由貿易の拡大を即するいろいろな合意が行われました。そこでは経済のグローバル化、自由貿易の重要性、地球上のすべての人が自由に貿易できると訴えられています。しかし、当時、自由貿易を訴えていた同じ国が、現在、保護主義を訴えています」(同)
「今後、地球で何が起きるか私にはわかりません、ブラジルは偏った考えには陥りませんし、どの地域においても紛争を求めていません。平和は建設的であり、戦争は破壊的である、と訴えています」(同)

今回の訪日での成果について記者から問われたルーラ大統領は、石破総理との首脳会談において、日・メルコスール戦略的パートナーシップの枠組みを早期に立ち上げ、貿易関係の深化に向けて両国が協議を進めることを確認したことを述べ、牛肉の輸出に関するコメントを行った。
「私は今年下半期にはメルコスールの議長に就任する予定です。そして、それが私の手にある限り、EUとメルコスールの間で結ばれたように、メルコスールと日本の間で合意が成立するよう積極的に働きかけます。これはメルコスール諸国と日本にとっても有意義なことであり、交渉のために円滑化は進めば進むほど有意義だと思います」(ルーラ大統領)
「世界では国家間の貿易の拡大を求めていますし、私たちは、アメリカ合衆国と中国の新たな冷戦は認めることはできません。私たちは50年近く続いた冷戦を見てきました。これは繰り返されてはいけません。自由が必要です。貿易が活発に行われることが必要です。今年の下半期からメルコスールの議長として日本との協定が結ばれるよう積極的に働きかけます」(同)
「今回の来日は食肉について協議するためだけのものではありませんが、もちろんブラジルは世界最大の食肉生産国ですので、それは重要なテーマでありますし、ブラジル産の食肉は世界のどの食肉と比べても劣らない、負けません。品質も、技術も保有しています。口蹄疫フリーの牛肉、豚肉も重要です。石破総理にお伝えしたのは、専門家チームを明日にでも、なんなら私の飛行機に同乗していただき、どの州においても視察いただき、私たちが
何を提供できるかをご確認いただければとお伝えしました」(同)
「(石破)首相から、できるだけ早く専門家を派遣してブラジルの家畜を分析する予定だと聞きました。その後、決定されるでしょう。私たちはどの国よりも安く、競争力が高く、最も品質の高い食肉を提供できます。日本でブラジル産の肉でシュハスコを楽しんでいただけることを願っています」(同)
「石破総理の決められたことを私たちは嬉しく思っています。もちろん一つの会合だけですべてが解決するとは思っていませんが、今年中には何かしらの解決が見られるのではないかと信じています。エタノールに関しても何かしらの解決が見られると信じています。ブラジルへの投資の拡大も信じています。ちょうど私はソロカバ市にあるトヨタ自動車のプラントを視察しましたが、2030年までに20億ドルの投資を行うことが発表されました。私たちが望むのは。まさにそれです。投資の拡大、雇用の創出、賃金と生活の改善です」(同)
「私たちは食肉を輸出したいだけではありません。購入もしたいのです。日本の企業がブラジルに進出してブラジルでエタノールを生産したり、日本の技術を導入してハイブリッド自動車の生産を行ったり、地球における脱炭素に貢献できることを願っています」(同)
この日、27日(木)に日本の農林水産省も、日本企業や日系農協と連携した「ブラジル劣化牧野回復モデル実証調査」を開始することを公表した。
同省は、4月より、日本企業、ブラジル国内の日系農協、日・ブラジル両政府が連携して、ブラジル国内のモデルファームで日本企業が有する土壌改良材やバイオスティミュラントを活用して、新たに森林伐採を行うことなく劣化牧野の回復を通じた生産性の向上と持続可能性の確保の両立を目指す実証調査を実施していくとのこと。
実証調査パートナーでは、アサヒバイオサイクル株式会社、ブラジル味の素有限会社、株式会社TOWING、株式会社TOKYO8 GLOBAL、トメアス総合農業協同組合(ブラジル日系農協)、YKKブラジル社(農牧社)などの名が発表されている。
(文/麻生雅人)