ブラジルを代表する魚介煮込み料理「ムケッカ」とは?
2025年 06月 11日
世界で最もおいしい料理のランキングを発表するテイスト・アトラス(Taste Atlas)が2023年に発表した「世界のシーフード料理 Top50(Top 50:Seafood Dishes in the World)」。
2025年6月現在ではリスト掲載アイテムも増えて「世界の海鮮料理 Top 100(Top 100:Seafood Dishes in the World)」となっている。1位はフィンランドのサーモンの燻製料理「ロイムロヒ」。日本からは2位に「海鮮丼」、5位に「大トロ握りずし」などがランクインしている。
このリストで46位(2025年6月現在)にランキングしているのが、ブラジルの海鮮シチューともいえる料理「ムケッカ(Moqueca)」だ。
実は「ムケッカ」といっても広いブラジルでは地方によってさまざまな種類がある、材料も味も変わる。中でも最も有名な「ムケッカ」は、2種類ある。南東部エスピリットサント州に伝わる「ムケッカ・カピシャーバ」と、北東部バイーア州に伝わる「ムケッカ・バイアーナ」だ。
テイスト・アトラスでは、「ムケッカ」とだけ記しているが、選出されているのは「ムケッカ・バイアーナ」の方だ。紹介文の中には、ムケッカにはいくつか種類があり「ムケッカ・カピシャーバ」などもあると記されてはいるが、明らかに本文の紹介は「ムケッカ・バイアーナ」についてだけ述べている。これでは、あたかも「ムケッカ」といえば一般的には「ムケッカ・バイアーナ」だと語っているかのように見えてしまう。
日本のメディアや書籍でも、「ムケッカ・バイアーナ」を紹介しているにもかかわらず「ムケッカ」とだけ記された記述を時々見かける。
しかし、ブラジルは“多様性の国”である。地域によって、自然環境、人種の構成、それらが育んだ文化が大きく異なっているところがこの国の個性であり、アイデンティティでもある。
それゆえ、どのムケッカが代表的か、という考え方は、多様性の国ブラジルの食文化を語る上で、ブラジルの魅力を伝えることにならないと、筆者は考える。
確かに、バイーアでは、ムケッカ・バイアーナこそがムケッカだ、と言われるし、エスピリットサントに行けば、ムケッカ・カピシャーバこそがムケッカだと言われる。ただし、地元の人が「おらが故郷の料理が一番」と言い張るのは仕方がない。その人にとっては間違いなくそうなのだろう。
しかし、外国人である日本人が、ブラジルを代表する海鮮煮込み料理である「ムケッカ」について語る際には、この国の食文化の多様性と、それぞれの料理の故郷の人々の気持ちを尊重して「ムケッカ」を個別に認識したほうが、ブラジルへの愛がある対応ではないかと思うからだ。
この観点からいえば「ミシュランガイド」は、ブラジルの食文化を尊重した紹介をしている。バイアーナ(バイーア州風)、カピシャーバ(エスピリットサント州風)、パラエンシ(パラー州風)と、各地のムケッカを平等に扱っている。
前置きが長くなってしまったが、さまざまな「ムケッカ」について、歴史やレシピも交えて紹介していこう。

<地域によって異なる、多様性の料理「ムケッカ」>
前述したとおり、テイスト・アトラスが紹介したのは「ムケッカ・バイアーナ」。バイーア州風ムケッカだ。曰く「パーム油とココナッツミルクまたはオリーブオイルをベースに、魚やエビ(あるいはその両方)を加えたシーフードシチュー。伝統的な土鍋で野菜や新鮮なハーブと一緒に煮込み、ご飯にかけて食べるのが伝統的です」
問題の記述は、その次だ。
「ムケッカの歴史は300年前に遡ります。ポルトガル人がココナッツを持ち込み、アフリカから来た奴隷がパーム油をブラジル料理に持ち込んだことが、この料理の起源です。ムケッカには、ムケッカ・カピシャーバや、ブラジル北東部のバイーア州で作られるむケッカ・バイアーナなど、様々な種類があります」
この紹介の仕方では、ムケッカという料理はすべて基本的にココナッツとパーム油が使われ、そのバリエーションとして、ムケッカ・カピシャーバとムケッカ・バイアーナが存在しているかのように受け止められかねない。
ココナッツとパーム油を使うのはムケッカ・バイアーナの特徴であり、他の地域のムケッカは、そのどちらも基本的には使用しない。
さて、ここで「ブラジル・ア・ゴスト研究所」の紹介を引用しよう。同サイトでは、よく知られている「ムケッカ」が、バイアーナとカピシャーバの2種類であることを前提に、「ムケッカのバイアーナとカピシャーバ、異なる点は何?」というタイトルで「ムケッカ」を紹介している。
同サイトは指摘する。
「ブラジル料理における最も有名なジレンマの一つは、『最も優れたムケッカとは何か?』という問いです。偏りはさておき、それぞれのムケッカには地域的、文化的に重要な意味があり、それぞれの特徴と違いを理解し、尊重することが重要です」
「バイーアのレシピではパーム油、ココナッツミルク、ピーマンが使われますが、エスピリトサントのレシピではウルクン(ベニノキ)が使われます。ウルクンは酸味を取り除き、料理に色を添えます。これは先住民族から受け継がれた伝統です」
ミシュランガイドのHPではムケッカは「レシピはブラジルの国中で人気です。ムケッカは煮込み料理の一種で、サメ、ホバーロ(スズキ目セントロポムス科)、バデージョ(スズキ目ハナダイ科)などの肉厚の魚や、特にエビなどの魚介類を使って作られます」と紹介している。
「その起源について仮説のひとつは、『ポケカ』と呼ばれる先住民の調理法に由来します。『ポケカ』では、魚をヤシやバナナの葉で包み、『モケン』と呼ばれる原始的なオーブンで焼きます。この調理法により、水やその他の液体を加えることなく、魚自身の肉汁で魚を調理することができました」
「ポルトガル人がブラジルに到着し、野菜を使った煮込み料理という伝統料理をもたらしました。時が経つにつれ、熱帯の魚類がこれらの料理に加えられるようになり、私たちが愛するこの料理の基礎が築かれました」
そして解説は「ムケッカ・バイアーナ」から。
「しかし、奴隷にされたアフリカ人がこの料理にデンデ油を加えたことで、モケッカがモケッカと呼ばれるようになったと言われています。少なくとも、バイーアの解釈ではそうなっています…」
「そのとおり、バイーアの主なレシピでは、デンデ油、ココナッツミルク、唐辛子、コリアンダー(パクチー)、たくさんのコリアンダーの使用が特徴です」
コリアンダーを使った煮込み料理は、コジードと呼ばれるポルトガルから伝わった煮込み料理の伝統を受け継いでいる。ただし、ブラジルのバイーアのコリアンダーは、ポルトガルのコリアンダーやブラジルの他の地方のコリアンダーよりも香りが強いため、バイーア料理独特の風味となっている。
続いて、「ムケッカ・カピシャーバ」について。「よりすっきりとしたカピシャーバ・ヴァージョンでは、パーム油やココナッツミルクは使われません。主な原料はオリーブオイルと、ウルクン。その種子を乾燥させて粉砕したものが色付けに使われることでおなじみの調味料となります」
そしてミシュランガイドは、ムケッカ・パラエンシにも言及している。
「バイーアやカピシャーバのムケッカほどポピュラーではありませんが、パラー地方のムケッカは、ブラジル北部特有の風味で驚きを与えます。調理にはアマゾンの魚、トゥクピー、ゴマ・ジ・マンジョッカが使用され、口の中に痺れを感じるハーブ、ジャンブーが加えられることもあります」
トゥクピーはパラーの料理に欠かせないUMAMI調味料。マンジョッカを絞って得た液体を発酵させ、スパイスなどを加えて作られる。これも先住民族の食文化がルーツにある。ゴマ・ジ・マンジョッカは、おなじくマンジョッカから得た澱粉を水などで溶いてとろみをつけたもの。
しかし、どの地域のムケッカも、調理に使う鍋は土鍋であることを重視している。
「ムケッカのレシピでは、その種類や起源に関わらず、土鍋で調理することが必須です。土鍋は魚介類にじっくりと均一に火が通り、調味料と香りが調和し、先住民が使っていたバナナやヤシの葉のような役割を果たします。土鍋は料理に独特で濃厚な風味を与えるだけでなく、蒸し時間を長く保ち、コンロから食卓へ運ぶまで、その魅力を存分に発揮します」
ムケッカ・カピシャーバに関しては、ヴィトーリア市ゴイアベイラス地区で手作りで作られる土鍋が昔も今も伝統的に使われている。ヴィトーリア市によると、フランスの博物学者オーギュスタン・サンティレールが1815年にこの地を訪れ、同地の土鍋づくりについて記述を残しているという。
また、ムケッカに使われる魚介類は、基本的には地元でよく捕れる材料となる。
例えばムケッカ・バイアーナではメインの具材である魚は、カサォンと現地で呼ばれるサメがポピュラーだ。白身で脂ものっていておいしい。
ムケッカ・カピシャーバでは、ヴィトーリア市の調査によると、19世紀から少なくとも1970年代までの新聞では、パパ・テーハについて記されているという。
ガストロノミー・ツーリズムの推進を後押しするポータルサイト「Food’n Roado」では、各地のムケッカで主に使われる具を記している。
「バイーアのムケッカの主な材料は魚です。このレシピでは、調理中に崩れない、しっかりとした食感の魚を選ぶことが重要です。ムケッカ作りにおすすめの魚には、サメ、ホバーロ(スズキ目セントロポムス科)、バデージョ(スズキ目ハナダイ科)、ピンタード(大型ナマズ)、ドウラード(カラシン科カラシン目サルミヌス属)、ナモラード(スズキ目トラギス科)、フィリョッチ(ナマズの一種)、デンタォン(スズキ目ニベ科)、パパテーハ(スズキ目ニベ科)、ガロウパ(スズキ目ハタ科)などがあります」
「このバイーア風ムケッカのレシピでもう一つ欠かせない材料はエビです。エビは繊細な調理法が必要な魚介類なので、調理の最後に加えることが重要です」
ムケッカ・カピシャーバに関しても魚の選び方の基準は同じで、「調理中に崩れないよう、魚はしっかりとした食感でなければなりません」と指摘している。
魚の種類もほとんど変わらないが記載の順序が異なるのは、利用頻度が異なるということかもしれない。サメ、、バデージョ(スズキ目ハナダイ科)、ガロウパ(スズキ目ハタ科)、ナモラード(スズキ目トラギス科)、ドウラード(カラシン科カラシン目サルミヌス属)、フィリョッチ(ナマズの一種)、パパテーハ(スズキ目ニベ科)、デンタォン(スズキ目ニベ科)、ピンタード(大型ナマズ)、ホバーロ(スズキ目セントロポムス科)
魚類のほかで、ムケッカ・カピシャーバに欠かせないのがウルクン(日本ではベニノキの名で売られている)の種。
「モケッカ・カピシャバの赤みがかった色は、アメリカ原産の樹木の実であるウルクンによって生み出されます。ウルクンは先住民族に広く利用されています」

<ムケッカのレシピ>
ここでは全国商業職業訓練機関(SENAC)が公表しているレシピを紹介しよう。
「ムケッカ・カピシャーバ(6人分)」(シェフ:クレベール・ロペス)
<材料>
新鮮な魚(ホバーロ、バデージョ、パパテーハ、またはナモラード) 1.5kg
コエントロー 3束
セボリーニャ・ヴェルジ(チャイブに似たネギ) 3束
白玉ねぎ(小さいもの)2個
ニンニク 3片
トマト 4個
ライム 3個
オリーブ油
ウルクン(ベニノキ)の種
唐辛子
大豆油または綿実油
塩(細かいもの)
<作り方>
1:魚をよく洗い、5cm幅に切り分け、レモンをすり込み、軽く塩水を入れたボウルに入れて置いておく。頭部はピラォンの下ごしらえをするため、脇に置いておきく。
2:ニンニクと塩を一緒にすりこぎでこねる。
3:大きめの土鍋に、大豆油または綿実油(大さじ2杯)とオリーブオイル(大さじ1杯)を入れ、ニンニクと塩をすりこぎでこねたものを加える。
4:塩水を入れたボウルから魚の切り身を取り出し、土鍋の中で切り身を左右にひっくり返し、2枚が離れるように並べます。
5:コリアンダー、トマト、玉ねぎを刻んで、土鍋に入れた魚の切り身の上にこの順番に並べる。オリーブオイルとライム汁をぐるりとかける。
6:土鍋と別に、大さじ1杯のウルクン種子を少量の熱い油で炒め、炒め終わったら取り出す。調理するときに、この油を少し魚にかけると色を付けることができる。沸騰したら塩加減を確認する。水を加えず、切り身をひっくり返さず、蓋をしっかり閉めて調理を行う。塩とライムの味を確認して、強火で20~25分煮込む。魚の切り身が底に張り付かないように、厚手の布巾などで時々、土鍋を揺する。盛り付ける際に、刻んだコリアンダーを散らす。
ムケッカ・カピシャーバを完成させるには、白いご飯と、ピラォンも欠かせない。
<追加材料>
ファリーニャ・ジ・マンジョッカ(日本でもファリーニャ・デ・マンジョッカ トハーダの名で売られている)
<ピラォンの作り方>
ムケッカと同じ調味料を、半分の量、使用する。魚の頭、またはこの目的のためにあらかじめ切り分けておいた切り身を使用する。同じような調理の過程ではあるが、ここでは魚に3~4カップの水を加える。火が通ったら水を切り、ほぐす。魚をスープに加え、再び沸騰させる。沸騰したらファリーニャ・ジ・マンジョッカを加える。ダマにならないようにフォークなどで少しずつ混ぜながら、ゆっくりと加える。ピラォンが完成したら、コリアンダーを刻んで上に散らし、盛り付ける。
<付け合わせのソースの作り方>
唐辛子6本をライム2個分の果汁と良質の酢大さじ3杯で潰す。玉ねぎ1個を薄切りにし、コリアンダーとネギも同様に薄切りにする。全てを混ぜ合わせながらオリーブオイルをまんべんなくかける。ソースが辛すぎる場合は、水を少し加える。
「ムケッカ・バイアーナ(6人分)」(Culinaria Baiana No Restaurante Do Senac Pelourinho)
<材料>
魚 輪切り 1800g
ニンニク(潰したもの) 2片
ライム 2個
玉ねぎ 160g
トマト 160g
コエントロー 4束
ココナッツミルク 120ml
デンデ油 120ml
塩 適量
<作り方>
1:魚の切り身をライムで洗い、塩、コリアンダー、ニンニク、レモンで味付けする。
2:玉ねぎとトマトをみじん切りにして魚と混ぜ合わせる。
3:土鍋にもりつけ、ココナッツミルクとデンデ油を加える。
4:数分間置いてから煮る。
5:ご飯、カルルー、またはヴァタパーと一緒に召し上がれ。
カルルー、ヴァタパーもバイーアの郷土料理。デンデ油は日本ではアフリカ産が入手可能。またはパーム油で代用可能だ。
(文/麻生雅人)