警官に射殺された少年の母や友人が、実行犯の裁判で証言

2026年 02月 11日

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写真は1月27日、チアーゴ・メネーゼス・フラウジーノさん(当時13歳)が射殺された事件に関する真実と正義を求める集会がリオ州司法裁判所前で行われた。母親プリシラ・メネーゼスさん(左から2人目)も参加した(写真/Tânia Rêgo/Agência Brasil)

13歳で射殺された学生チアーゴ・メネーゼス・フラウジーノさんの母親プリシラ・メネーゼス・ゴメス・ジ・ソウザさんが、2月10日(火)、リオデジャネイロ西部で2023年8月に息子を殺害したとして起訴された2人の軍警隊員の裁判で証言した。

当時、警察官らは私服で乗った非公用車からチアーゴさんに向けてライフルを3発発砲した。そのうち2発が、サッカー選手を夢見ていた少年の脚を撃ち抜いた。

裁判は同日午前の終わりにリオ州司法裁判所で始まり、現在は検察側証人の尋問が進められている。判決が出る時間は未定。

チアーゴさんの殺害で起訴されているのは、治安維持部隊所属のジエゴ・ペレイラ・レアウ隊員とアスラン・ヴァギネル・ヒベイロ・ジ・ファリア隊員の2名。

起訴内容

警察官2名は、チアーゴがシダージ・ジ・デウス地区の入口でバイクの後部座席に乗っていた際に射殺したとして、殺人罪に問われている。また、バイクを運転していた若者マルコス・ヴィニシウスさんに対する殺人未遂の罪でも起訴されている。マルコスさんは手を撃たれて負傷した。

事件当時、軍警は私服で乗った非公用車を使い、作戦行動を行っていた。捜査によると、若者たちは武装しておらず、発砲時に銃撃戦は発生していなかった。

警察官らはさらに、被害者を罪に陥れ、偽の銃撃戦を装うため、現場に銃を“ねつ造”して置いたとして、証拠偽造の罪にも問われている。彼らはまた、使用した車両がサイレンを備えた公用車ではなかったことを裏付けるため、供述内容を改変した疑いも持たれている。

検察(リオ州検察庁)は、警察官らが「卑劣な動機に基づき、高威力の武器を用いた違法な待ち伏せ作戦」を実行したと指摘している。

この日、裁判では6時間以上にわたり、唯一の生存者であるマルコス・ヴィニシウスさん、彼の父親ヴァギネルさん、そしてチアーゴの母親プリシラ・メネーゼスさんの証言が続いた。

証言の中でプリシラさんは、チアーゴさんが「礼儀正しく、優しく、よく笑い、幸せな子だった」と繰り返し語った。

「手のかからない子で、学校に行くのが好きでした。自分で身支度をして出かけて、サッカーをするのも大好きでした」(プリシラさん)

少年は地域内の二つのサッカースクールに通い、学校でも欠席の少ない生徒だった。証拠として提出された成績表には、ポルトガル語と数学の成績は低かったものの、出席率が91%を超えていたことが示されていた。

プリシラさんは、友人たちと写った写真、サッカーの練習風景、家族と過ごす場面、そしてバイクに乗る姿など、複数の写真の中から息子を確認した。その中には、学校で「最も整理されたノート」として表彰された際の写真も含まれていた。

「その競争で1位だったのか2位だったのかは分かりません。でも、これがそのときの彼の写真です」(プリシラさん)

映像

証言の中でプリシラさんは、警察官側の弁護団が提示した映像や、息子の携帯電話から見つかったとされる画像に疑念を示した。弁護側は、銃器の写真や、フードをかぶって顔をそむけた若者たちの画像、そしてチアーゴさん本人とされる写真を提示した。

「顔は彼に見えるけれど、この体つきは息子のものとは思えません」(プリシラさん)

別の画像には、銃を握る手が写っていたが、その手にはハート形のタトゥーがあった。プリシラさんは、チアーゴさんには身体に一切のタトゥーがなかったと断言した。彼女が息子だと認めたのは、長い銃のような物体を持って写っている一枚だけだったが、それについても「ネズミ捕りの道具のようにも見える」と疑念を示した。

警察の作戦で唯一生き残ったマルコス・ヴィニシウスさんは、最初に証言台に立ち、チアーゴさんが武装しているところを見たことは一度もないと明言した。

裁判開始前、少年の父ジオゴ・フラウジーノさんは、被告の有罪判決を期待していると語った。

「私たちは正義を求めています。彼らは償わなければならない」と述べ、裁判所前で行われた警察暴力に抗議する集会に参加した。警察官側は正当防衛を主張している。

陪審員を説得するため、弁護側と検察側はそれぞれ5人、計10人の証人を予定している。当初、裁判は1月末に開かれる予定だったが、この火曜日に延期されていた。

正義を求めて

裁判所の外では、チアーゴさんの親族や友人たちが判決を待ち望んでいた。少年の同級生である15歳と14歳の女子生徒2人は、チアーゴさんが明るく、仲間思いの少年だったと振り返った。

「本当にいい子で、ふざけたり、遊んだり、いつも髪にコームを差していて、おしゃれでした」と1人が語った。

「すごく素敵な子で、私たちと一緒に誕生日のピザ食べ放題にもよく来てくれて、いつも真っ先に参加すると言ってくれた」ともう1人が続けた。

「彼は本当にいい子でした」と強調した。

(記事提供/Agência Brasil、構成/麻生雅人)