世界10大美術品盗難事件のひとつ、リオのシャッカラ・ド・セウ美術館盗難事件、映画化へ
2026年 02月 22日

カーニバル期間真っ只だった2006年2月24日。リオデジャネイロ市サンタテレーザ地区の曲がりくねった坂道には、マルシーニャ(行進の音楽)や伝統的なサンバの音が響き渡っていた。
その喧騒の中、数人の男たちがクロード・モネ、サルバドール・ダリ、パブロ・ピカソ、アンリ・マティスの絵画を腕に抱えて運び出していた。
犯行グループはシャッカラ・ド・セウ美術館の塀を乗り越え、5点の作品を抱えたまま地区の路地へ姿を消した。これらの作品の価値は当時で1,000万ドル以上、現在の価値に換算すると5,200万レアル(約15億5672万円)に相当する。作品も犯人も、いまだ一度も発見されていない。
2011年、ジャーナリストのクリスチーナ・タルダギーラは事件の調査を決意した。彼女が集めた情報は、2015年に出版された著書『怠慢に翻弄された芸術』へと結実した。
タイトルが示す通り、著者の主要な結論は「事件解決に向けた動向の中で制度的な無関心が広範囲に存在した」というものだ。
「当時の美術館の運営側、連邦政府、文化省、警察、そしてこの問題の追跡をやめてしまったメディア──すべてに怠慢がありました」とタルダギーラ氏は批判する。
「本のために調査を続けた期間中、真剣に取り組んでいる人を一人も見つけられませんでした。ブラジルの文化財保護の破綻です」
著書の中で彼女は、数々の誤りと怠慢の連鎖を描いている。軍警察の最初のパトロール隊が美術館に到着したのは、盗難から30分後。これは欧州の平均反応時間の3倍にあたる。
連邦警察が現場に到着した時点で、少なくとも30人が美術館内を出入りしており、証拠保全への配慮はなかった。
連邦警察はリオとサンパウロの主要港湾・空港に向けて通達を送ったが、ファックスには作品の写真がなく、寸法、色、額縁の種類も記載されていなかった。さらに、盗まれた5点のうち2点は通達にすら記載されていなかった。
盗難当時、警備員や来館者ら9人が人質にされたが、そのうち3人は捜査中に一度も事情聴取を受けていない。
タルダギーラ氏は、当時の連邦警察の組織構造にも問題があったと指摘する。当時の連邦警察では、自然環境に対する犯罪と文化財・歴史遺産に対する犯罪という、法律上は同じ“環境犯罪”に分類されながらも、実務上は性質の異なる案件を同一部署が扱う仕組みになっていた。
さらに当時、国内で盗難に遭った美術品を記録するデータベースも存在しなかった。国立博物館収蔵品不明品登録制度(CBMD)が創設されたのは、2013年の政令8.124号によるものだった。
タルダギーラ氏が「怠慢」の象徴的瞬間として挙げるのは、2014年6月に連邦検察庁(MPF)を訪れた際の出来事だ。担当検察官が連邦警察に捜査状況を問い合わせたところ、「捜査資料が紛失した」と告げられたという。
捜査資料 IPL 2006.51015138422 が再び発見されたのは2015年末のことで、連邦警察に日々積み上がる書類の山の中から見つかった。
アジェンシア・ブラジルは、2015年以降に捜査資料に動きがあったかどうかを確認するためMPFに問い合わせたが、返答は「犯人が特定されなかったため、刑事手続きは捜査段階のまま一時的に棚上げされた」というものだった。つまり、新たな進展を待つ形で停止していたということだ。棚上げされた日付はMPFのシステム上に記録されていない。
連邦警察は、捜査資料に関する情報提供の要請に応じなかった。

警備体制の強化
アジェンシア・ブラジルの取材班は、ブロッコ「カルメリタス」のパレード前日にシャッカラ・ド・セウ美術館を訪れ、警備体制に変化があったかどうかを確認した。ブロッコ当日の訪問は不可能だった。2007年以降、美術館はカーニバル期間中、またサンタ・テレーザ地区で他のブロッコが行進を行う際にも休館するようになっていた。
2006年の盗難当日、館内にいた警備員はわずか3人。監視カメラは設置されていたものの、映像はカセットテープにのみ記録され、遠隔監視はなかった。犯行グループはそのテープもすべて持ち去った。
2026年に取材班が訪れた際には、少なくとも5人の警備員が配置されており、うち2人が警備室、3人が本館内部を担当していた。館内の廊下や展示室、さらに本館周辺、受付、駐車場にも監視カメラが設置されていた。
2024年から館長を務めるヴィヴィアン・オルタ氏によれば、警備強化は最優先事項の一つだという。
「当館のカメラシステムは非常に最新のものです。約2年前に全面的に更新しました。24時間・週7日の監視体制で、録画も行っています。警備スタッフは全員訓練を受けており、あの盗難事件は常に参照事例として扱われています」(ヴィヴィアン・オルタ館長)
「事務局のスタッフにも、来館者や研究者の動線管理、車両の出入り管理など、標準化された手順があります。また、警察や市警備隊との連携も密にしており、不審な動きがあれば必ず通報しています」(ヴィヴィアン・オルタ館長)
映画化へ
この事件への関心は、映画の力によって再び高まる可能性がある。カリベ・プロドゥソンイス社が、著書『怠慢に翻弄された芸術』を原作としたフィクション長編映画の企画を進めている。
脚本はワーナー・ブラザースの協力を受けており、現在は資金調達の段階にある。年内の制作開始が見込まれている。
企画に関わる一人が、この記事の冒頭で2006年のカルメリタスのパレード当日の体験を語ったプロデューサーのダニエウ・フリアチ氏だ。
「私たちの責務の一つは、美術品盗難を美化しないことです。こうした犯罪は他のさまざまな犯罪と結びついていますから。映画が事件に新たな光を当てることができると思います。時効が迫っているという事実自体が、この国の現状を物語っています」と時効直前の取材でフリアチ氏は語った。
シャッカラ・ド・セウ美術館にとって、捜査が実を結ばず、事件が時効を迎えたことは、20年にわたる謎の終わりを意味しない。
「これらの作品が失われたことは、もちろん今も痛手として残っています。しかし、当館の使命が損なわれたわけではありません。作品はカストロ・マヤの歴史と遺産の一部であり続けています」と館長は話す。
「時効を迎えたからといって、作品が見つからないということではありません。私たちは、いつか作品が戻ってくると信じています。その希望を失ってはいません」とシャッカラ・ド・セウ美術館の館長は語った。
(記事提供/Agência Brasil、構成/麻生雅人)




