ブラジル連邦裁判所、1910年の「鞭打ち刑に抗議した水兵蜂起」指導者の息子への賠償を命令

2026年 07月 24日

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1910年、「鞭打ち刑に抗議した水兵蜂起(Revolta da Chibata)」を率いたジョアン・カンジド・フェリスベルト(画像:Prefeitura de São João de Meriti/Reprodução)

連邦裁判所は、「鞭打ち刑に抗議した水兵蜂起(ヘヴォウタ・ダ・シバータ)」の指導者として知られるジョアン・カンジド・フェリスベルトの息子、アダウベルト・カンジドに対し、連邦政府が30万レアル(約964万円)の慰謝料を支払うよう命じた。海軍が公式文書で示した表現が、反乱の指導者の名誉を傷つけたと判断されたためだ。

判決を下したリオデジャネイロ連邦裁判所第4法廷は、海軍が2024年に下院へ送付した文書に記載された表現が、機関としての意見表明の範囲を逸脱し、国家によって恩赦された水兵の直系子孫に対して「反射的な精神的損害」を与えたと認定した。

連邦検察庁(MPF)によると、海軍は下院文化委員会に送付した公文書の中で、「鞭打ち刑に抗議した水兵蜂起」を「国家史の嘆かわしい一頁」と表現し、さらに反乱に参加した水兵らを「卑劣」「不適切な例」などと形容したとされる。

判決はMPFの主張を支持し、ジョアン・カンジドの記憶に対する法的保護は家族にも及ぶと判断。公式発言によって生じた損害について、息子が賠償を求める正当な権利を有すると認めた。

判決文によれば、海軍には「鞭打ち刑に抗議した水兵蜂起」に関する歴史的解釈を提示する自由があるものの、その権限は、後に国家自身が恩赦した人物に対し、差別的なレッテルを貼るような表現を用いることを正当化するものではないと指摘している。

この判決は、ジョアン・カンジドの息子が連邦政府を相手取って起こした訴訟において下されたもの。アジェンシア・ブラジルは海軍にコメントを求めており、回答を待っている。

(注:同法廷は今年5月、連邦検察庁(MPF)が提起した同内容の訴訟において、連邦政府に20万レアルを支払う命令を下した。判決は、20万レアルの集団的精神的損害賠償を、ジョアン・カンジドおよび「鞭打ち刑に抗議した水兵蜂起(Revolta da Chibata)」の記憶の保存・顕彰に関するプロジェクトに充てるよう定めている)。

<「鞭打ち刑に抗議した水兵蜂起(ヘヴォウタ・ダ・シバータ)」>

1910年、ジョアン・カンジドが率いた「鞭打ち刑に抗議した水兵蜂起(Revolta da Chibata)」は、黒人や貧困層出身の水兵たちが、海軍内の鞭打ち刑や劣悪な労働環境に抗議して蜂起した運動だった。きっかけは、ある水兵が250回の鞭打ちを受けた事件で、反乱は4日間続き、その結果、鞭打ち刑は廃止された。

元奴隷の子として生まれたジョアン・カンジドは、1880年に現在のリオグランジ・ド・スウ州エンクルジリャーダ・ド・スウ市域にあたる農場で生まれ、15歳で海軍に入隊した。蜂起の指導者として知られる彼は「黒い提督(Almirante Negro)」の異名をとった。

反乱は1910年11月22日から27日にかけて、グアナバラ湾に停泊していた複数の艦船を掌握する形で展開された。水兵たちは、低賃金、昇進制度の欠如、そして何よりも懲罰としての鞭打ちに抗議した。

(記事提供/Agência Brasil、構成/麻生雅人)