新しい労働法制で従業員訴訟が変化
2017年 11月 21日2017年に入り、労働法制面で大きな変化を経てきたブラジルだが、(元)従業員による訴訟についても新しい法制が適用となる。
グローボ系ニュースサイト「G1」が伝えたところによると、新法制では訴訟費用・賠償金に関する項目に大きな変化があるという。
具体的には、企業による(元)従業員に対する損害賠償請求の権利、賠償請求総額の提示義務化、公聴会に欠席した場合の罰金、敗訴した場合の費用負担などについて新たに規定が設けられたとのことだ。
従来の法制では労働訴訟において(元)従業員側は賠償を勝ち取るか何も得られないかのどちらかで、持ち出し・損失が発じることはなかった。しかしながら今年の改正で、(元)従業員側にも費用負担が生じるケースについて明示がされた。
新法制では訴訟に関して(元)従業員が企業に害をなす目的でなした行為に対し、裁判所が罰金を課すだけでなく、企業側がそれらの行為により被った損害に対して賠償請求が行えることになった。
具体的には(元)従業員による訴訟事由のねつ造、訴訟を故意に長引かせようとする行為、訴訟に注目を集めるため訴訟事由とは無関係な事件を起こすなどの行為等が罰金・損害賠償の対象となる。
また、従業員による精神的苦痛に関する訴訟において企業が支払うべき賠償金の上限は従業員の契約月給の50倍と規定された。
法外な慰謝料により企業が倒産に追い込まれることも珍しくなかったブラジルで、上限設定は画期的といえる。
労働者とはいえ訴訟をするからには覚悟を持つべし、との法曹界の意図を感じる改正も含まれている。
サント・アンドレ大学の教授で弁護士のアントニオ・カルロス・アギアール氏によると、ブラジルの労働訴訟では一般的に2回の公聴会が開かれるという。第1回目は和解など訴訟以外の選択肢を検討するため、第2回目は訴訟関係者を集めて証言等を取るための場として設けられる。
今回の法改正で従業員側が第1回目の公聴会に欠席した場合、賠償請求額の2%程度の罰金が科されることになる。この罰金は所得が低い等の理由で訴訟費用を免除されている場合でも課せられるという。
欠席の罰金は公聴会から15日以内の支払いが義務付けられており、法的に正当と認められる理由がない限り遅延は認められない。
公聴会欠席に関連するもう一つの変更点は、欠席の日以降に起こせる訴訟に対する制限だ。改正前の法制では最初の公聴会に欠席すると訴訟の進行が遅れるだけだが、2回目に欠席すると訴訟が遅れることに加えて次の訴訟を起こせるまで6か月待たなくてはならない。その点は新法制でも変更はないが、新法制では次の訴訟を起こす前に以前の訴訟に関する費用・罰金・賠償金等を払い終えなければならない点が制限として加わる。
また新法では、弁護士に対して、賠償請求額を厳密に計算し、訴訟開始時に提出する義務を負わせている。
ヤマザキ・カラザンス・イ・ヴィエイラ・ヂアス弁護士事務所の弁護士、ホベルト・アヂッヂ氏によると、訴訟を起こす前に賠償請求総額を根拠に基づいて算出し、提示することが義務付けられるという。提示できない場合や金額の整合性が取れていない場合、訴訟は先に進まなくなるという。
ストゥッシ弁護士事務所のジョエウマ・エリアス・ドス・サントス氏は賠償請求額に関する書類には非常に細かい情報を記入することになるという。例えば残業代の支払請求であれば、残業した時間数に時給をかけて算出するだけでなく、13か月目の給与や有給休暇、退職金なども考慮に入れて計算した残業代を算出し、提示することになる。
また、アギアール氏によると、労働訴訟で敗訴した場合、勝訴側の弁護士費用の5-15%を支払うことになるという。課される金額は訴訟の内容にもよるが、例えば、争点を5つ含んだ訴訟を起こして、うち3つは勝訴を勝ち取ったが残り2つが敗訴となった場合などは訴訟費用の5分の2に対して費用負担ルールが適用される。
「新法制が意味するところは、敗訴するとお金がかかる、すなわち、勝てる見込みのない申し立てをすると高くつくということです」(アギアール氏)
ブラジルは労働訴訟天国ともいわれており、退職した従業員に近付いて労働訴訟を持ち掛ける弁護士も珍しくないという。そんな中、青天井の労働訴訟費用に備えるため内部留保を厚くせざるを得なかった企業も多い。
今回の法改正は企業にとっては朗報だが、資金力のない労働者にとっては、救済措置があるとはいえ、厳しい内容となるようだ。
ともあれ、とりあえず労働訴訟を起こす人が激減するのは明らかだ。今までこの「とりあえず訴訟」に費やされてきたブラジル社会の人的・金銭的・時間的資源が、別の分野で有効活用されることに期待したい。
(文/原田 侑、写真/Camila Domingues/Palácio Piratini)
写真はブラジルの労働手帳