サンパウロ市の創立記念日、ビッシーガ地区で名物の巨大ケーキ、今年も配られる
2026年 01月 26日

(写真/Paulo Pinto/Agência Brasil)
1月25日(日)、ブラジル・サンパウロ市の中心部にある伝統的なビッシーガ地区に多くの市民が詰めかけ、サンバのリズムに合わせた「おめでとう」の合唱とともに市の誕生日を祝わった。
1986年に同地区の名物住民アルマンド・プーリジ(通称アルマンジーニョ・ド・ビッシーガ)が始めた名物のケーキ配布も健在だった。
アルマンジーニョが1994年12月に亡くなった後、この伝統はカンチーナ「コンケッタ」の店主であるヴァウテル・タヴェルナが引き継ぎ、2022年に亡くなるまで行事を取り仕切ってきた。現在、このイベントは孫のタイース・タヴェルナに受け継がれている。
「この伝統は、友人から祖父へ、そして孫へと受け継がれてきました。これからも母へ、ひ孫へ、そして地域全体へと続いていくものです」と、タイース・タヴェルナはアジェンシア・ブラジルの取材に語った。
行事が始まって間もない頃、ケーキの長さは1.5キロに達し、その規模からギネス世界記録に「世界最大の誕生日ケーキ」として登録された。ケーキはサンパウロ市の年齢に合わせ、毎年1メートルずつ長くしていくという構想だった。しかし現在では、地域の住民や商店主たちが持ち寄る多様なケーキが並ぶ形式へと変わっている。
「このイベントは、私たちが自分たちの歴史を大切にすることの重要性を思い出させてくれます」(タイース・タヴェルナ)
「この催しは、地域のコミュニティ全体を結びつけ、包み込み、支えてくれる存在です。商店主、住民、この地区で働く人々、そして文化・社会団体など、みんなが参加するイベントなんです」(タイース・タヴェルナ)
かつては、巨大ケーキがそのまま一般に開放され、住民たちは容器やバケツを手に持って会場に訪れ、好きなだけ持ち帰っていた。現在では、持ち寄られたケーキはその場で切り分けられ、ボランティアが来場者に配っている。
「この伝統は、アルマンジーニョが“マンマたち”に呼びかけて、街の誕生日を祝うためにルイ・バルボーザ通りの真ん中へケーキを持ち寄ってもらったことから始まりました。これまで、この祭りはいろいろな形をとってきました。祖父はそれを受け継ぎ、業務用キッチンを使って巨大な規模のイベントへと発展させました。今、私たちは地域の人たちと一緒にその歴史を再び取り戻そうと、家々を回って“誕生日を祝うためのケーキを持ってきてください”とお願いしています。そして毎年、市の年齢に合わせた数のケーキを集めるという目標を掲げています」(タイース・タヴェルナ)
タイース氏は、ビッシーガは非常に古く、同時に多様性に富んだ地区であり、サンパウロ市の歴史を形づくるうえで重要な役割を果たしてきたと強調する。
「この地区はいろいろな言い方ができますが、アルマンジーニョにはとても美しい言葉がありました。『ビッシーガ、“ここに息づく精神そのもの”なんだ』と。ここに来れば、道ですれ違う人たちが挨拶を交わし、目を見て話し、文化活動が街角で自然に起きているのが見えます。大都市サンパウロの真ん中で、そんな光景が広がっているんです」(タイース・タヴェルナ)
そして「サンパウロで、いまでもこうした“人と人の関係”が街中に残っている場所は多くありません」とも付け加えた。
「この地区が文化の揺りかごであることも忘れてはいけません。サンバ、演劇、音楽、芸術の文化がここから生まれました。イタリア移民の歴史もあれば、(さらにさかのぼると)『サラクーラのキロンボ(逃亡奴隷による共同体)』があった土地という歴史もある。ビッシーガはサンパウロという都市の歴史的形成の一部を担っているのです」(タイース・タヴェルナ)
(記事提供/Agência Brasil、構成/麻生雅人)




