1910年に鞭打ち刑に抗議した黒人水兵への侮辱行為を巡る裁判で、海軍に20万レアルの賠償支払い命令

2026年 05月 23日

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1910年、「鞭打ち刑に抗議した水兵蜂起(Revolta da Chibata)」を率いたジョアン・カンジド・フェリスベルト(画像:Prefeitura de São João de Meriti/Reprodução)

リオデジャネイロ連邦裁判所第4法廷は、ブラジル海軍がジョアン・カンジド・フェリスベルトおよび「鞭打ち刑に抗議した水兵蜂起(Revolta da Chibata)」の参加者に対して侮辱的な表現を用いたとして、連邦政府(国)に20万レアルの集団的精神的損害賠償の支払いを命じた。

判決を下したのは、マリオ・ヴィトール・ブラーガ・ペレイラ・フランシスコ・ジ・ソウザ連邦地裁代理判事で、訴訟は連邦検察庁(MPF)が提起した民事公益訴訟に基づくもの。

訴えは、ジョアン・カンジドを「国家的英雄記念簿(Livro de Heróis e Heroínas da Pátria)」に記載することを定めた法案(第4.046/2021号)に関する海軍の公式見解を問題視したものだった。

検察によると、海軍は下院文化委員会に送付した文書の中で、この反乱を「国家史の嘆かわしい一頁」と表現し、反乱に参加した水兵らを指して「卑劣」、「不適切な前例」などの語を用いたという。

判決で裁判官は、海軍が1910年の出来事について技術的・歴史的観点から自らの解釈を国会に提示し、叙勲に反対する立場を示すこと自体は正当だと認めた。しかし同時に、「機関としての表現の自由は、侮辱的または差別的な言語の使用を正当化するものではない」と指摘した。

判決は、20万レアルの集団的精神的損害賠償を、ジョアン・カンジドおよび「鞭打ち刑に抗議した水兵蜂起(Revolta da Chibata)」の記憶の保存・顕彰に関するプロジェクトに充てるよう定めている。

さらに裁判所は、連邦政府に対し、今後ジョアン・カンジド・フェリスベルトおよび反乱参加者に関する公式文書で、偏見を助長する、または侮蔑的と受け取られ得る表現を使用しないことを命じた。

<鞭打ち刑に抗議した水兵蜂起(Revolta da Chibata)>

1910年、ジョアン・カンジドが率いた「鞭打ち刑に抗議した水兵蜂起(Revolta da Chibata)」は、黒人や貧困層出身の水兵たちが、海軍内の鞭打ち刑や劣悪な労働環境に抗議して蜂起した運動だった。きっかけは、ある水兵が250回の鞭打ちを受けた事件で、反乱は4日間続き、その結果、鞭打ち刑は廃止された。

元奴隷の子として生まれたジョアン・カンジドは、1880年に現在のリオグランジ・ド・スウ州エンクルジリャーダ・ド・スウ市域にあたる農場で生まれ、15歳で海軍に入隊した。蜂起の指導者として知られる彼は「黒い提督(Almirante Negro)」の異名をとった。

反乱は1910年11月22日から27日にかけて、グアナバラ湾に停泊していた複数の艦船を掌握する形で展開された。水兵たちは、低賃金、昇進制度の欠如、そして何よりも懲罰としての鞭打ちに抗議した。

判決文では、2008年の法律(第11.756号)がジョアン・カンジドおよび反乱参加者に死後恩赦を与え、「反乱が掲げた正義と平等の価値を正式に認めた」と指摘している。

裁判官は、この公式な評価により、行政機関には人間の尊厳と公平性の原則に沿った言葉遣いを用いる義務があると述べた。アジェンシア・ブラジルは海軍にコメントを求めており、回答があり次第、掲載する予定だ。

(記事提供/Agência Brasil、構成/麻生雅人)