ブラジルの刑務所収容人口、20年で400%増
2014年 04月 3日
2014年(3月)に発表された法務省のデータによると、ブラジルの刑務所の収容者数は、1992年から2013年の20年間で403.5%増えたという。
この期間中の人口の伸びは36%だから、刑務所に入っている人の数がいかに急速に増えているかは一目瞭然。イギリスのエセックス大学がまとめたデータによると、ブラジルの人口100万人に対する刑務所収容者数は300人で、世界平均の144人の倍以上だ。

2014年(3月)に発表された法務省のデータによると、ブラジルの刑務所の収容者数は、1992年から2013年の20年間で403.5%増えたという。
この期間中の人口の伸びは36%だから、刑務所に入っている人の数がいかに急速に増えているかは一目瞭然。イギリスのエセックス大学がまとめたデータによると、ブラジルの人口100万人に対する刑務所収容者数は300人で、世界平均の144人の倍以上だ。

(4月)1日よりはじまった連載「軍事政権開始から50年」、第2回目の今回は、1964年の軍事政権と米国との関係について検証する。
米国は1955年からソ連との冷戦状態に突入していたが、その緊張感は1959年、キューバに共産主義政権が誕生したことでさらに高まっていく。ときのアイゼンハワー政権はキューバとの国交断絶などで共産主義を警戒したが、その次のジョン・F・ケネディ大統領は、米国が経済支援を行なって南米の資本主義を活性させる「進歩のための前進」という経済政策で、南米のキューバ化阻止につとめた。
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2013年11月27日(水)に作業員2名が犠牲になる事故を起こし、建設作業が遅れていたサンパウロのアレーナ・ヂ・サンパウロ(アレーナ・コリンチャンス)、通称イタケラォン(イタケロン)。
その後、作業は順調に進み4月27日にこけら落としを行うことを発表していたが、3月29日(土)、今度は作業員の転落事故が発生、一時作業が中断となった。同日付け「エスタダォン」、4月2日付け「フォーリャ」(共に電子版)が伝えている。
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今年(2014年)の3月31日で、伯国で21年間続いた軍事政権誕生から50年となった。それにちなみ、伯字紙は連日大きな特集を組んでこの日を振り返っているが、今日から5回にわたり、軍政について連載する。第1回は、軍事クーデターがどのように起こったかを改めて振り返る。
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ブラジルで軍事クーデターが起きたのが今から50年前、1964年3月31日。3月31日、ブラジルでは軍事政権時代を振り返るさまざまな発表や会議などが行われた。
ブラジル弁護士会(OAB)は軍事クーデター50周年のこの日、「繰り返さないために」と題した討議集会をブラジリアで開いたことを、同日、ブラジル弁護士会(OAB)が報告した。
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雑誌「pen」(阪急コミュニケーションズ)が4月15日号でブラジルを特集。「pen」名物の<完全保存版>での約80ページ以上に渡る大特集だ。
特集のタイトルは「いまこそ知りたい、ブラジル」。サブタイトルが「世界が恋焦がれる街、リオ・デ・ジャネイロへ。」。取り上げられているのはリオデジャネイロがほとんどだが、表題に偽りなく、“今”のリオの姿を伝える。
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リオ市北部のマレー地区が3月30日に軍警らに占拠され、39番目の平和維持警察隊(UPP)設置のための具体的な平定作業が始まったと3月30、31日付伯字紙が報じた。
420万平米の敷地内にリーニャ・アマレラ、リーニャ・ヴェルメーリャ、ブラジル大通りの3本の幹線道路が走るマレー地区は、国際空港の利用者や聖州などから車で来た人々が必ず通る15~16ファヴェーラからなる複合スラム。
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3月28日日夕方、ブラジリア空港でアヴィアンカ(アビアンカ)社の旅客機で故障が起き、胴体着陸を行なったが、安全な着陸により死者や負傷者は出なかった。3月29日付伯字紙が報じている。
胴体着陸を行なったのはアヴィアンカのフォッケル100で、ペルナンブッコ州ペトロリーナからミナス・ジェライス州ベロ・オリゾンテへと向かう途中だった。
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