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Entrevista パウリーニョ(ポリーニョ)・ガルシア

パウリーニョ・ガルシア

アメリカ合衆国シカゴ在住のブラジル人音楽家パウリーニョ(ポリーニョ)・ガルシアことパウロ・ガルシアが、同じくシカゴを拠点に活動するポーランド出身のジャズ・シンガー、グラジーナ・アウグスチクとのデュオ・ユニットとして初来日、コットンクラブで公演を行った。

ミナスジェライス州の州都ベロオリゾンチ出身のパウロ・ガルシアは、1979年にアメリカ合衆国のシカゴへ移住。以来、合衆国を拠点にジャズを中心に演奏活動を行って来た。

「ヴィオラォンを弾くようになったのは自分でも歌うようになってからのこと。それはアメリカ合衆国に移住してからなんです。それまではベースを弾いていました」

実はパウロがボサノヴァを演奏するようになったのは近年のことで、故郷ブラジルではさまざまな種類の音楽を演奏してきた。

「ベロオリゾンチにいたころ、ボサノヴァが人気があったころには聴いてはいましたよ。ディック・ファルニー、ヴァウテル・ヴァンデルレイなどを好きでしたね」

ベロオリゾンチのボサノヴァといえば、シーンの中心人物パシフィコ・マスカリーニャスを忘れるわけにはいかない。

「私が10代の頃はパシフィコはすでに商業的なシーンで活躍していました。彼のプロジェクトに参加したこともあります。ベースを弾いていた時代のことですが、参加した仕事の中のひとつだったと思います」

ベロオリゾンチ時代は、さまざまなプロジェクトに参加した。テレビやラジオ局のジングルを数多く録音したほか、オス・アジタドーリスというバンドではロックを演奏している。

「1960年代、地元のテレビ局イタコロミが放送していた『ブラーザ・クアトロ』という番組に、数多くのロックバンドが出演しました。ビートルズの影響でしょう。ミナスジェライス版のジョーベン・グアルダですね。オス・アジタドーリスというのも、番組に出ていたバンドのひとつです」

他にもパウロは、今も編曲家、指揮者として活躍するセリオ・バローナが率いていたバンドでも活動。こちらはバイリと呼ばれるダンスホールや結婚式などのパーティで演奏するバンドだった。70年代にはプログレッシヴ・ロックのバンドを結成していたこともある。故郷ベロオリゾンチでは、パウロはありとあらゆる音楽を演奏していた(次ページへつづく)。

(文/麻生雅人、写真提供/COTTON CLUB、撮影/米田泰久)
コットンクラブで演奏するパウリーニョ(ポリーニョ)・ガルシア(左)とグラジーナ・アウグスチク(右)

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