ワールドカップで代表戦を見るのはブラジル人にとって国民の義務!?

2014年 03月 2日

ブラジル対トルコ

多くのブラジル人はW杯期間中、代表戦を必ずテレビで観戦する。普段、サッカーにあまり関心がない人でも例外ではない。テレビ観戦できない人はラジオ中継を聞いて試合の状況を想像しながら応援するくらい関心度が高い。

試合が始まると、町並みは変貌する。いつも混んでいる道路が見違えるほどスイスイと走ることができ、人もあまり出歩いていない。それほどワールドカップサッカーは、ブラジル人にとっては大きなイベントである。

ブラジルにゴールが入れば、花火をあげる人もいる。

ブラジル代表戦を見ることは、もはや「国民の義務」となっているかのようだ。

日韓W杯が開催された2002年、僕は日本の企業で勤めるサラリーマンだった。同僚はみんな日本人で、私だけがブラジル人という状況だった。

ちょうど大会が行われる時期に親会社の合併が控えていて、全支店のシステム統合作業が行われていた。自分もその作業を行うため、出張が多くなっていた。

5月31日(金)に行われた開幕戦(フランスxセネガル)は広島のホテルで観戦した。

予選リーグでは、ブラジル代表の試合の日に出張はなく問題なくテレビ観戦ができたが、平日の昼に行われたコスタリカ戦だけは”やむを得ず”、有給を使った。

3試合ともに勝利ができ、3R(ロナウド、リバウド、ロナウジーニョ)が素晴らしいプレイをしていた。ブラジル2-1トルコ、ブラジル4-0中国、ブラジル5-2コスタリカ。決勝トーナメント第1戦の相手はベルギーだったが、後半でリバウドとロナウドのゴールが決まり、ベスト8へと駒を進めた。

準々決勝で対戦するのはイングランド代表となった。メディアではこの試合を事実上の決勝戦と大きく取り上げ、大注目の試合と評されていた。

しかし、ここで問題が起きてしまう。自分の仕事のスケジュールを確認したら、試合が行われる6月21日(金)に大阪出張が決まっていた。試合開始時刻も15:30と勤務時間中に行われることに、悲しさを隠せなかった。

試合当日、一緒に作業を行う後輩に「早めに仕事を終えて、ホテルでこの試合を観戦したいね」と話しをして大阪支店に入った。

作業を行う大阪支店の方々とは顔見知りで、僕がブラジル人であることを知っており、お邪魔する度にブラジルのことについてよく聞かれていた。

その日も作業しながらいろいろ話していて、サッカーの話題になった。

「今日は15時からブラジルの試合があるんです。早めに仕事終えたら観戦するつもりです」と大阪支店長に話をした。

すると支店長から「試合の時間になったら、応接室でみるといいよ」と、驚きの発言。僕と後輩は、びっくりした表情を隠せなかった。大阪支店は合併の関係で引越しを間近に控えており、お客さんもこないということで応接室のテレビで試合を観戦することとなった。

早々と作業を終え、試合開始前、事前に準備していたブラジルのユニフォームに着替えて、後輩と一緒にテレビ観戦をした。観戦にあたり、支店の方からお菓子とジュースも頂き、恐縮してしまった。

その日、ブラジルはブルーのユニフォームで入場し、いよいよキックオフ。

前半にDFルシオのクリアミスでFWオーウェンがボールを奪いそのままシュートして、イングランドが先制ゴールを決める。

「うっわー。やられたー」。僕は後輩の前で頭を抱えた。

イングランドのリードで前半が終ろうとしていた頃、MFロナウジーニョが中盤でドリブル、得意のジンガを活かしMFリバウドにラストパス。MFリバウドの放ったコントロールシュートがゴールに入り、同点のまま後半へ。

後半早々、ブラジルにフリーキックのチャンスが訪れた。

ゴールまでかなり距離があったので、キッカーのMFロナウジーニョがセンターリングで誰かの頭に合わせてくるだろうと誰もが思っていた。

GKシーマンも同じ考えだった。

しかし蹴られたボールは、誰の頭に合うこともなく、GKに取られることもなく、そのままゴールへ入ってしまった。

「ゴーーーーーール」と叫ぼうとした瞬間に自分が親会社大阪支店の応接室にいることを思い出し、ガッツポーズだけで我慢した。

「あんなの入るの?」と後輩がつぶやき、自分もあのゴールが信じられなかった。

MFロナウジーニョのアシストとゴールで試合は逆転したが、その直後に危険なタックルでレッドカードを受ける。彼のワンマンショー、一人ボケ&ツッコミの世界だった。

試合はそのまま終了して、ブラジルは無事に準決勝まで進んだ。

6月26日。準決勝のトルコ戦で、ロナウドが「大五郎カット」を披露して、周囲を驚かせた。ブラジルでも「子連れ狼」は放送されたけれども、ロナウドのカットは国民的人気をほこる漫画家マウリシオ・デ・ソウザが描くキャラクターに非常に似ていたため、ブラジルでは「カスコン」(Cascão)と呼ばれた。試合は1対0でブラジルが勝ち、いよいよドイツ代表と決戦をすることとなった。

もちろん僕は横浜スタジアムで行われるファイナルを観に行きたかったけれども、テレビ観戦で我慢した。マスコミはドイツ代表GKカーンx大五郎ロナウドの対決に注目していた。

前半終了間際、MFクレベルソンが放ったシュートがゴールポストを直撃した時は絶句した。実に惜しいシュートだった。

後半に入って、両チームの攻防が激しくなり、ドイツのフリーキックチャンスでノイビルのシュートがゴールに向かったが、GKマルコスが神セーブをみせた。セーブしたボールがポストに当たり、間一髪でGKマルコスがゴールを守った。

後半22分、完璧な試合をしていたドイツGKカーンがミスを犯しまう。

GKカーンはMFリバウドのシュートに対応できず、ボールをファンブル。それに反応したロナウドがシュートして、ゴールを決めた。2点目もロナウドが決め、そのまま試合終了。ブラジルは5度目となるW杯優勝を成し遂げた。友人たちから届いたおめでとうメールがとてもうれしかった。

大会のMVPにはドイツのGKカーンが選ばれたけれども、98年W杯決勝の敗戦の責任を負わされながらも2002年にリベンジを果たしたロナウドが選ばれるべきだと思った。

それはそうと、とにかくブラジルの全試合を見れてよかったと思う。いまさらだけど、勝手に仕事休んでごめんなさい。

(文/Masao Asano、写真/Getty Images)
2002年6月26日、埼玉スタジアム、ロナウドが大五郎カットを披露したブラジル対トルコ戦のブラジル席。ブラジル人はスタジアムでは一瞬たりもピッチから目を離さない…というわけでもない!?

著者紹介

Masao Asano 浅野雅雄

Masao Asano 浅野雅雄
ブラジル出身。来日する前、16歳まで住んでいた地域がサンパウロFCのホームグラウンド近くだったので自然と“サンパウリーノ”(サンパウロFCファ ン)になる。日本で大学卒業後、一般企業に勤めたが母国の心を忘れず、ブラジルと関係のある企業へ転職。現在はアイピーシーワールドのシステム・エンジニア、雑誌「ヴィトリーニ」で最新テクノロジー記事を担当。
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