ブラジル人キャラ…出身州や市でお人柄が違うようで

2015年 06月 14日

ジウマ大統領

みなさんにとって、ブラジルのお国柄、お人柄のイメージは何ですか?

フレンドリー、陽気、おおらか、ポジティブ、おおざっぱ、時間にルーズ、ぐらいを思い浮かべて、私は約5年前、赴任した気がします。良かれ悪しかれ、おおよそは想像どおりで、生活や旅のちょっとしたところでブラジル人の気質を感じました。

知らない人でも目が合うとわりとニコッとしてご挨拶。

アパートのご近所さんや訪問客と覚わしき人々、リオやサルバドールに旅行したときに同じホテルに泊まっているお客さんやお店の人のボン・ジーア(おはよう)は和みました。シャキッとしたおはようございます! ではなくて、緩い感じです。

気のせいかもしれませんが、サルバドールのボン・ジーアはさらにゆっくりな感じで、こちらは休暇感満喫です。そういえば、サンパウロはあまりそういう記憶がありません。ほとんど仕事でしか行かなかったせいか、街も人も東京のようにサッサカ動いている印象でした。

日本に県民性があるように、ブラジル人も出身の州や都市によって、典型キャラクターがあるようです。

カリオカ(リオっ子)は、人生を楽しむ達人。コルコバードの丘に立つキリスト像を背に、コパカバーナやイパネマの開放的な海岸。あの美しい風景の中で暮らしていれば、人生なかなかいいものだ、と思えるでしょう。ビーチを楽しげに歩く、ちょっと焼けた肌にビキニのかわいいカリオカは、男性の心をきゅんと掴んでしまうでしょうし、男性もロマンチストになるのではないでしょうか。

皆様ご存知のボサノバの曲「イパネマの娘」だけでなく、「彼女はカリオカ」という曲もあり、どちらも魅力的なかわいい女性を詠っています。「イパネマの娘」の歌詞を書いたビニシウス・ジ・モラエスはカリオカ。彼は外交官かつ文才ある詩人、結婚は一度や二度ならず九回もしたそうで、私の中では、ザ・カリオカです。

バイーア州出身のバイアーノはのんびりどころかぐうたらで本当に働かない...と、そこまでのことはなかろうにとも思うのですが、そういうキャラクター、ということになっています。おはよう、のボン・ジーアがゆっくりだったのも、のんびりさんキャラの表れかもしれません。

また、バイーア州の州都サルバドールに2回ほど女子だけで旅行したのですが、近所に住んでいたバイアーノのおじさんが、バイアーノには気をつけろ、女子だけで旅するのは心配だ、を連発していました。バイアーノは特に女性好きなのでしょうか? バイアーノが自分で言うのだからそうなんでしょうね。彼の伴侶は隣で苦笑いでした。そんなバイーアは、カイターノ・ベローゾやジルベルト・ジル、ジョルジ・アマードといった大物文化人を輩出しています。

せっせと働く、ブラジル最大の経済都市サンパウロ市出身のパウリスタ。彼らが稼いだお金でカリオカは遊んでいるんだろう! と、パウリスタはカリオカに対して少々苦々しく思っているようです。最近の出来事で言えば、昨年のサッカーワールドカップ、開幕戦はサンパウロ・アリーナでしたが、決勝戦はサッカーの聖地リオのマラカナンスタジアム。来年のオリンピックはリオ、と、どうも華やかなところはリオに持っていかれてしまい、パウリスタがカリオカに、ジェラシーもあってか、少々面白くないという感情を持つのも理解できます。

また、ミナスジェライス州出身のミネイロはケチだと言う人もいますが、日本人にとっては一緒に仕事がしやすいとも聞きました。真面目で堅実タイプと言えましょうか。銀行のトップはミネイロが多いそうです。

ケチ、を表現するのに、牛の手、とポルトガル語で言います。牛の手、というか、足は、大地を握りしめるかのようにきゅっと締まっているそうで、お金を握って使わない、という表現です。これは偶然だと思いますが、ミナスジェライス州はチーズなどの乳製品がとても有名で、牛が沢山います。一時、ブラジルの大統領は、サンパウロ出身者とミナス出身者が交互に就任していました。コーヒーの産地サンパウロと乳製品の産地ミナスの出身者がブラジルの政治をリードしていたこの時代は、「カフェ・コン・レイチ(カフェオレ)体制」と呼ばれていたそうです。うまいこと言いますね。

ブラジル国旗には、秩序と進歩、と書いてあります。陽気さとポジティブなキャラクターに働き者でお財布管理はしっかり、が加わればブラジルの将来は明るいはずです!

(文/井上睦子、写真/Roberto Stuckert Filho/PR)
ブラジルのジウマ・フセーフィ(ルセーフ/ルセフ)現大統領もミナスジェライス州の出身。写真は6月2日、2015~2016年の農畜産計画発表セレモニーに出席したジウマ大統領

著者紹介

井上睦子 Mutsuko Inoue

井上睦子 Mutsuko Inoue
2010年4月~2013年1月の3年弱ブラジリア勤務。リオに行った回数は途中で数えるのやめました。大好きな音楽は観るも弾くも堪能。よく遊びよく働いたと自己満足。帰国後も東大フォーラム開催、安倍総理出張などでブラジルとご縁あり。現在、文部科学省で大学改革の仕事に勤しんでいます。
コラムの記事一覧へ