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カイピリーニャはもともとは「薬」だった!?

カイピリーニャ

ミナスジェライス連邦大学(UFMG)の歴史学博士であるヒカルド・ルイス・ジ・ソウザ教授によると、カイピリーニャは「奴隷たちが、カシャッサに、金持ちの白人達が見向きもしなかった果物、すなわちライムの汁を入れて飲み始めたところから生じ」て、「カイピリーニャの前身、バチーダ・ジ・リモン(batida de limão:現在のいわゆる「ライムのカクテル」に相当)が奴隷たちによって編み出され、これに、砂糖とライムの皮が加えられることによって、カイピリーニャとして完成した」(「Text ob Brazil ブラジルの味」ブラジル連邦共和国外務省)という。

またヒカルド教授は、植民地時代に貧しい人々の間でカシャッサが薬として扱われていたことを指摘しており「カシャッサや、それに手を加えた飲み物、例えば、カシャッサにライムとハチミツを加えた飲み物は、早くからカゼ薬として重宝されていた」(同上)とも記している。

カイピリーニャの祖先と言えそうな飲みものが薬として引用されていた説については、リオデジャネイロ州パラチー市政府に出された法案でも語られている。

2014年2月にパラチー市議会に、カイピリーニャを同市の文化遺産と定める法案006-2014号が提出されている。同法案は、パラチー市でコレラが流行した1856年に、その対策について記した書類の存在を示している。

1856年のパラチー市議会の記録集の139ページに、当時病人に処方された飲みもののレシピが土木技術者のジョアン・ピント・ゴメス・ラメンゴ氏の手紙に記されているとのこと。同法案では、このレシピが現在カイピリーニャと呼ばれているものの源流となっているとしている。

そのレシピは、水と砂糖とライムを味付けしたアグアルデンチと混ぜたものだという。

パラチー市民でもある歴史家ジウネル・ジョゼー・メロ・ダ・シウヴァ氏の調査によると、サンパウロ州の奥地でカイピリーニャの歴史が始まったという神話化された説があるという。その説では、同地でスペイン風邪が流行ったときに患者にライムとニンニクとはちみつを混ぜた飲みものが出され、この飲みものでは、ニンニクとはちみつの味を緩和するためにカシャッサが加えられたとしており、これが1918年のことだという。

カイピリーニャはだれの手でいつどこで生まれたのか。その歴史は未だ解明されていない。

(写真・文/麻生雅人)
ブラジルのレストランなどでは、クラフト・カシャッサ(カシャッサ・アルテザナウ)をベースに使ったカイピリーニャが人気。写真はパラナ州発のグルメ・バーガー・チェーン店「Madero(マデーロ)」。ここでは「レブロン」というクラフト・カシャッサを使っている

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