【コラム】夢膨らむ ブラジルのバイオリンの弓工場

2018年 09月 22日

オルケストラ・クリアンサ・シダダンシダダン

ブラジル、ペルナンブコ州の州都であるレシーフェ(ヘシーフィ)市は14年のサッカー・ワールドカップで、日本代表の初戦が開催され、その名は少し知られるところとなった。

しかし、レシーフェと日本は、スポーツ以外にも深い繋がりがある。それは意外なことに、クラシック音楽である。

インターネットでペルナンブコあるいはフェルナンブコ(クラシック音楽界、バイオリン製作の世界ではむしろ、こちらの方が有名)と検索すると、「バイオリン弓の材料として世界一」であるという事がわかる。

ブラジルの国名の由来でもあるパウブラジル(Pau Brasil)の木は、16世紀初頭から、赤色染料として大量に伐採されヨーロッパに渡った。18世紀になると、強くて弾力があり音響の良い
バイオリンの弓材としてフランスなどの有名な弓職人たちが特にペルナンブコ産を使うようになったという。

私の親友で、ペルナンブコ州の判事をしているジョアン・タルジーノという人がいる。

彼は11年前からレシーフェでも最悪の貧民街(ファベーラ)の子供たちに、クラシック音楽を通した教育、具体的には子供たちにバイオリンなどの弦楽器を与え、弦楽オーケストラ Orquestra Criança Cidadã(オルケストラ・クリアンサ・シダダン)を組織する活動を始めた。

ある時日本に居た私のもとにジョアンから連絡があった。オルケストラの楽器のメンテナンスなどに関わっていたジョン・バチスタさんの話だった。若い頃からバイオリンと弓の製作者をしてきた職人だ。

「バチスタさんが50年以上もコツコツと蓄えてきたバイオリンの弓材、ペルナンブコ材が26000本ある。この貴重なペルナンブコ材が価値の判らない人びとによってそのうち燃やされてしまうかもしれない。何とか日本で購入者を捜してもらえないだろうか?」という。

私は実際、ペルナンブコ弓材の写真を見て、これは世界遺産に匹敵するほどの価値があると直感した。

早速、日本でバイオリンや弓を制作している会社に連絡を取ったところ、東京にある文京楽器が興味を示してくれた。あとで考えると、文京楽器なしには、この壮大なプロジェクトは完成しなかったと思う。

私と文京楽器の堀酉基社長(当時は取締役)そして友人ジョアンの3人でバチスタさんを訪ねた。26000本の弓用の木を見て堀さんもその材質の素晴らしさに大喜びだった。私も素人ながら、弓材の断面の、虎目のように光る縞模様の美しさに感動した。

バチスタさんは一昨年、83歳で他界したが、ブラジルの木を守ることができて満足してくれたと思う。

さて、ジョアンがオルケストラの練習場を案内してくれた時のこと。将来はそこにバイオリン製作のアトリエを作り、子供たちの手に技術を付けてやりたいという彼らの望みがわかった。その
ためのスペース、機械設置などが少しずつ出来上がっているようだ。

しかし、私たちが一番驚いたのは練習場の外の壁面に大きく掲げられた、バイオリンの才能教育法では世界中で高名な鈴木鎮一先生のお言葉だった。「鈴木メソッド」の神髄がポルトガル語で書かれている。

“私の最大の望みは、世界の総ての子供たちが素晴らしい才能に恵まれ、人間的に素晴らしい創造物であり、幸せな人になる事です”。

“私は自分の総てのエネルギーをその実現の為に捧げます。何故なら、総ての子供たちはその資質を持って生まれてくるのだと言うことを私は確信しているからです” 。

このファベーラ・オルケストラの活動がローマ法王庁に届いたのだろう。ローマ教皇フランシスコからの招待が舞い込み、2014年10月31日、バチカンで献奏する栄誉に浴すことができた。

カトリック信者の多いブラジルで、ローマ教皇に招かれたオルケストラの少年達や関係者の喜
びは如何ばかりだったか。

バチカンの演奏会では日本人バイオリニストが協力してくれた。数々の賞を取った久保陽子さんで、教皇フランシスコの前で、40分程子供たちのオルケストラと共演した。

私たちの仕事はまだ終わらない。

バチカンでのコンサートの翌年、再びローマに戻った。目的はオルケストラと久保陽子さんの共演するコンサートを記録に残す事。市内の古い教会を借りてDVDとCDのキットを一万セット製
作した。5000セットをローマ教皇に献上し、2500キットをオルケストラに、そして残りの2500 キットを日本に持って帰った。

私たちのオルケストラ支援の主な目的は、プロの音楽家を要請することではなく、オルケストラ活動を通して「良き市民」を社会に送り出す事である。その為には音楽教育の他にも、少年達に将来の生活を支える何かの技術を身に着けさせる事が不可欠と考えている。

バイオリン弓とバイオリン本体の製作学校をレシーフェに創り、専門の製作者を養成する計画だ。将来的にはレシーフェで「世界バイオリン弓製作コンペティション」のようなものができればこの上なくうれしい。

ブラジル特報

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(文/岩尾隆、写真/Orquestra Criança Cidadã/Divulgação)
写真はオルケストラ・クリアンサ・シダダン