ブラジルの軍事独裁政権時代を描いた「アイム・スティル・ヒア」への、社会学者や歴史学者の評価

2025年 03月 3日

aindaestouaqui
「アイム・スティル・ヒア」(日本公開8月)(写真/(C)2024 VIDEOFILMES / RT FEATURES / GLOBOPLAY / CONSPIRACAO / MACT PRODUCTIONS / ARTE FRANCE CINEMA)

異なるさまざまな形で反響を呼んでいるブラジル映画「アイム・スティル・ヒア」。

ヴァウテル・サリス(ウォルター・サレス)監督によるこの作品は、すでに、ゴヤ賞やゴールデングローブ賞最優秀女優賞など、国内外で38の賞を受賞している。第97回アカデミー賞では、作品賞、主演女優賞(フェルナンド・トーヘス)、国際長編映画賞の3部門にノミネートされていた。

もし作品賞を受賞すれば、ブラジル映画では初の快挙となる。1960年にフランス・ブラジルイタリアの合作映画「黒いオルフェ」が最優秀外国映画賞を受賞したが、この映画はフランス(監督マルセル・カミュ)を代表して出品されている。

ブラジルの現地メディア「アジェンシア・ブラジル」は、賞が発表される前日の3月1日に、この映画がアカデミー賞にノミネートされたいくつかの理由を専門家に取材して紹介している。

同メディアは本作品を、「観客はブラジルの軍事独裁政権がどのようなものだったかを知り、心を打たれる。独裁政権(今日なお民主主義を脅かしている)の影響を問いかけた作品として評価されている」と紹介。

2015年に作家マルセロ・フーベンス・パイヴァが書いた同名の伝記本にインスピレーションを得たこの作品は、2024年に公開され、500万人以上が映画館に足を運んでいる。

(映画の原作の作者)マルセロ・フーベンス・パイヴァは、この映画の主人公であり、弁護士で活動家のエウニッシ・パイヴァ(1929年 – 2018年)と、後に軍事独裁政権のエージェント(空軍と陸軍)によって誘拐、拷問、殺害された元国会議員フーベンス・パイヴァ(1929年 – 1971年)との間に生まれた5人の子どものうちの1人だ。

「アジェンシア・ブラジル」が取材を行った専門家たちは、歴史を顧みる手法や見せ方が、今現在の社会が抱える多くの問題との向き合い方を示唆しているというこの映画の姿勢が、ノミネートに繋がっていると分析している。

ラテンアメリカの映画とオーディオヴィジュアル作品に関する研究グループのリーダーでもあるサンカルロス連邦大学(UFSCar)のアルトゥール・アウトラン教授は、受賞するかしないかにかかわらずこの映画の反響はかなり大きく、“社会的反響”と言えると語る。

「実際、この映画はひとつのイベントとなっています。(この映画のおかげで)多くの人がブラジル映画に興味を持ちました」とアルトゥール・アウトラン教授はいう。

教授は、この作品は実際には公的な資金の援助は受けていないが、存在自体が、社会をポジティブな方向に導く、視聴覚による公共政策だと語る。

また、教授が指摘する、この映画がブラジルにもたらしたもう一つの勝利は、国の記憶としての価値だ。

「(フーベンス・パイヴァ氏の殺害は)ブラジルの軍事独裁政権が犯した犯罪です。この映画は非常に力強く、情熱的に語りかけます。非常に力強い語り口であるこの映画は、ブラジルの悲劇を改めて問いかける力を持っています」とアウトラン教授は言う。

独裁政権を題材に研究する、フルミネンセ連邦大学(UFF)の歴史学教授マルコ・ペスターナ氏にとって、この映画は、単に暗雲が立ち込めていた時代を描写しているだけでなく、テーマは現在に直接関わっている点など、この作品ならではの厚みがあると指摘する。

「この映画は、この文脈において重要な役割を果たしています」

世界中で権威主義的な潮流が拡大する状況の中で、さまざまな大陸の国々における過激主義の台頭を考えさせられるこの作品は、ブラジルので実際にあった過去の物語という枠を超えて、世界中で理解することができる普遍的な言語として提示されているという。

映画は第97回アカデミー賞で国際長編映画賞を受賞した。

国際長編映画賞では「ガール・ウィズ・ニードル」(デンマーク)、「エミリア・ペレス」(フランス)、「聖なるイチジクの種」(ドイツ)、「Flow」(ラトビア)がノミネートされていた。

ヴァウテル・サリス(ウォルター・サレス)監督にとって5回目のノミネート、初受賞となった。

ステージで像を受け取ったサリス監督は「ありがとうございます。ブラジルの映画界を代表することができました。この賞を、圧政をほどこしてきた政府と戦った女性の送られるものです」とスピーチした。

「そして、ふたりの素晴らしい女性に贈られるものです。フェルナンダ・トーヘスとフェルナンダ・モンチネグロです」と、主人公エウニッシ・パイヴァを演じた2人の名を挙げた。

「アイム・スティル・ヒア」は8月日本公開予定。

(文/麻生雅人)