舞台俳優の政治的発言にブーイング。「軍事強権政治はごめんだ!」
2016年 03月 21日ブラジル現地紙「オ・エスタード・ヂ・サン・パウロ」(以下「エスタード紙」)電子版「エスタダゥン」が3月20日づけで伝えたところによると、ブラジル音楽界の重鎮、シコ・ブアルキの楽曲を用いたミュージカルが舞台俳優による政治的発言がきっかけで中断されることになったという。
舞台上で問題となった発言をしたのは、俳優兼舞台監督のクラウヂオ・ボテーリョ。
問題の舞台は19日夜、ミナス・ジェライス州都ベロオリゾンチで上演されたミュージカル「トドス・オス・ムジカイス・ヂ・シコ・ブアルキ・エン・90ミヌートス」。
このミュージカルは街から街へ旅するアマチュア劇団についての物語。全編でシコ・ブアルキの音楽が使われており、90分間をシコ・ブアルキの楽曲だけでつないだ内容となっている。
問題の発言の後、客席から「軍事強権政治はごめんだ!」というシュプレヒコールがおこり、舞台は完全に中断した。この言葉は、18日にブラジル各地で行われた、ジウマ大統領の弾劾反対と民主主義を守るための講義デモで叫ばれた、軍事政権化をけん制するスローガンでもある。
観客からの反応があまりにネガティブだったことから、楽曲を提供していたシコ・ブアルキは20日午後、今後ボテーリョと彼の会社が主催する舞台での、自身の楽曲の使用許可を出さないことを決めたという。
ボテーリョが20日、午後の早い時間にエスタード紙に語った内容は下記の通り。
「舞台ではいつも特定の場面で即興を入れる。その内容が政治に及ぶこともある。今までにジウマ大統領や下院議長エドゥアルド・クーニャなどを取り上げたこともあるが、少なくとも、リオ・デ・ジャネイロでは観客からネガティブな反応があったことはない」(クラウヂオ・ボテーリョ)
問題の即興場面は、芝居の中での劇団のオーナーがある村にたどり着いたところから始まる。
台本上、村の広場に誰もいないのを見た劇団オーナーのセリフはこうなっている。
『この村の人たちはいったいどこにいるんだ? 連続テレビドラマでも見てるのか?』
しかし「エスタダォン」によると、19日のベロオリゾンチ市公演で、ボテーリョはこう付け加えたという。
『それとも、前大統領の逮捕劇とか、盗っ人現大統領が弾劾にかけられる様子かな?』
この瞬間、客席から2~3のブーイングが出た。
「(ブーイングは)その後10に増え、あっという間に劇場全体の200人近くからブーイングが聞こえてきた。そしてブーイングは『軍事強権政治はごめんだ!』というシュプレヒコールに変わった。俺は最初笑って『(デモ会場だけでなく)ここでもこういうことになるのか?』と言ったけど、何の役にも立たなかった。観客の何人かが怒りの表情をあらわに舞台のすぐそばまでやってきて、シュプレヒコールを続けた。誰かが『芝居を観たいから静かにして』と言っていたのが聞こえて、俺らはあと2曲歌ったけど、それ以上続けるのは無理だった」(クラウヂオ・ボテーリョ)
舞台をはける時、ボテーリョはボテーリョで、「1969年、軍事政権は舞台『ホーダ・ヴィヴァ』を中断させた。今度はお前らが俺らの『ホーダ・ヴィヴァ』を中断させた」と捨て台詞を残したという。
20日の上演時間前、役者たちが劇場のドア前に集まっている、という噂まで出たが、劇場側はこの日の公演を中止した。
インターネット上では様々な反応が飛び交った。アヂール・アスンサゥンという役者を名乗る人物はシコ・ブアルキにメールを送ってクラウヂオ・ボテーリョに楽曲の使用許可を出すべきではない、と伝えたという。
まだベロオリゾンチ市内にいるボテーリョはシコ・ブアルキのマネージャー、ヴィニシウス・フランサと連絡をとったとのことだ。
「まだシコ本人と話せていないが、釈明をする必要があった。まだ話せていないとはいえ、この何年かで俺とシャルリス・モレール(舞台俳優)がシコとの間で育んできたいい関係が、この件で崩壊の危機を迎えるとしたらとても残念だ」(ボテーリョ)
この言葉が暗示した通り、シコはボテーリョに対し楽曲を使用禁止とした。
ボテーリョはもう一つ、難問にぶち当たっている。共演する女優、ソラヤ・ハヴェンリとの衣裳部屋での会話が録音され、流出したのだ。
ここ数週間でブラジルで起こっている政治的な論争から派生した今回の件について、女優はボテーリョと話してなだめようとしていた。
その女優に対しボテーリョは、客席からのシュプレヒコールで舞台が中断されたことに対し、怒りをあらわにし、観客を人種・職業差別を含んだ表現で形容した。
その発言がネットに流出し、ボテーリョは『人種差別主義者』への糾弾にも対応しなければならなくなったという。
(文/余田庸子、写真/Divulgação/Leo Aversa)
写真は「トドス・オス・ムジカイス・ヂ・シコ・ブアルキ・エン・90ミヌートス」の一場面