サヒアの悲劇
2014年 02月 7日黄金のカルテットが誕生した、1982年、ワールドカップ・スペイン大会。
7月5日、エスタディ・デ・サヒア(サヒア競技場)で行われた2次リーグの最終戦、ブラジル対イタリアは、勝者が決勝トーナメントへ進むという重要な試合でした。
この日も黄金のカルテットは健在。ブラジルが、皆を魅了するサッカースタイルで勝利することを、誰もが確信していました。
しかしこの試合では、イタリアのパオロ・ロッシが爆発しました。
ブラジルのソクラテスとファルカンもゴールを決めたものの、パオロ・ロッシがハットトリックを決め、決勝トーナメントへ進 み、そのまま優勝しました。
ブラジルは華麗なサッカーを披露しながらもイタリアに破れ、応援していたサポーター達はそれをとても惜しみました。この出来事は「サヒアの悲劇」と呼ばれ、ブラジルサッカー史に残ることとなりました。
ちなみにブラジルが再び優勝するのは、この事件から、12年後の1994年、アメリカW杯でのことです。
(写真/Getty Imeges)
写真は1982年7月5日、スペイン、マドリード。ブラジル対イタリア、ジュニオール(左)とパウロ・ロッシ(右)