オスカー・シュミットは「コートを通じて国をひとつにした」とルーラ大統領が追悼メッセージ

2026年 04月 18日

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この世を去ったブラジル・バスケットボール界のレジェンド、“聖なる手”オスカー・シュミット氏に、ルーラ大統領、競技連盟やクラブが哀悼の意を表した(画像提供:Oscar Schmidt/Instagram)

ブラジルのルイス・イナーシオ・ルーラ・ダ・シウヴァ大統領は4月17日(金)、自身のSNSを通じて、同日に死去したバスケットボール界の英雄オスカー・シュミット氏への追悼メッセージを発表した。

ルーラ大統領は、元選手について「執念、才能、そして代表ユニフォームへの愛情の象徴であり、忘れがたいシュートと揺るぎないリーダーシップで、コートを通じて国をひとつにした存在だ」と述べた。

さらに、「その献身はブラジルの名を高め、世代を超えてアスリートやスポーツ愛好家のインスピレーションとなった。深い悲しみの中、ご家族、ご友人、そして彼がスポーツ界で築いた多くのファンの皆さんに哀悼の意を表します」と記した。

ブラジル代表として活躍したオスカー氏は、“聖なる手(Mão Santa)”の異名で知られ、南米選手権優勝や銅メダル獲得に貢献した。

1979年にはキャリアの中でも重要なタイトルのひとつである「ウィリアム・ジョーンズ杯」(バスケットボールのインタークラブ世界大会)を制覇。翌1980年にはモスクワ五輪で初めてオリンピックの舞台に立った。

その後も、ロサンゼルス(1984年)、ソウル(1988年)、バルセロナ(1992年)、アトランタ(1996年)と、計5大会連続で五輪に出場し、常に大会屈指のスコアラーとして存在感を示した。

オスカー氏は2003年に現役を退いた。

世界バスケットボール史に名を刻むオスカー・シュミット氏が4月17日(金)、サンパウロ大都市圏のサンタンナ・ジ・パルナイーバで死去した。

サンタンナ・ジ・パルナイーバ市当局によると、オスカー氏は自宅で体調を崩し、救急隊によって市立サンタ・アナ病院(HMSA)へ搬送されたが、「すでに心肺停止の状態で、病院到着時には死亡が確認されていた」という。

関係者によると、葬儀は家族の意向を尊重し、親族のみで執り行われる予定で、静かに別れの時間を過ごしたいという家族の希望が示されている。

オスカー氏は約15年にわたり脳腫瘍と闘っていた。

(記事提供/Agência Brasil、構成/麻生雅人)