
ブラジル人マルコ・アルシェル氏の遺体はインドネシアで火葬されたと、1月18日(日)、ジャカルタのブラジル大使館が公表した。
遺灰は彼の叔母に当たるマリア・ジ・ルーデス・アルチェル・ピントさんによってブラジルに運ばれる模様。アルシェル氏は麻薬密売容疑で有罪判決が言い渡されており、17日、銃殺刑に処せられた。アルシェル氏以外にも麻薬密売で有罪判決を受けていたブラジル人以外の5人が処刑された。
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1月16日(金)、サンパウロ市の公共運賃値上げ反対を訴える抗議デモが行われ、抗議集団は夜20時15分ごろ、市の旧市街区(セントロ)お茶の水橋にあるサンパウロ市役所前にたどり着いた。
警察は市役所の建物の前に非常線を張っていた。軍警察によるとデモの参加者は約3000人だったという。デモを主催したフリーパス運動(MPL)は2万人以上がデモに参加したと述べた。
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リオデジャネイロ市出身のブラジル人男性マルコ・アルシェル・カルドーゾ・モレイラ氏(53)が1月17日(土)午後、麻薬取引の罪で銃殺刑に処された。
ブラジル人がブラジル国外で犯罪によって処刑されたのは、アルシェル氏が初めてだという。ジャカルタのブラジル大使館を通じて情報が確認された。同日、同じ罪で逮捕されていた5名も銃殺刑に処された。
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昨年(2014年)8月、大統領選キャンペーン中に死去したエドゥアルド・カンポス氏(ブラジル社会党:PSB)の搭乗機墜落の原因は、操縦士の過失が重なった結果との調査結果がまとまったようだ。16日付「エスタード」紙が報じている。
カンポス氏を乗せた小型機「セスナ560XL」は、14年8月13日午前9時21分にリオのサントス・ドゥモン空港を飛び立ち、サンパウロ州サントスに向かったが、午前10時頃、サントス市ヴァイア・デ・アブレウ通りに墜落し、乗っていた7人全員が死亡、現場周辺にいた10人が負傷する惨事となった。
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(2015年)1月15日で、ブラジルが21年続いた軍事政権を終え、民主政治に復帰して30年が経過した。
15日付「フォーリャ」紙が、30年前の1985年1月15日にどのような形で民主政治が復活したかを報じている。
軍事政権終焉の兆しは1982年の統一選の時からあった。
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基礎的財政収支の黒字目標達成と国内外の信用回復を優先課題とする第2期ジウマ政権では、ガソリンなどへの課税による増収案がまとまり、大統領も承認済みと14、15日日付伯字各紙が報じた。
経費削減策も部分的に動き始め、電気代なども適正価格に調整される見込みだ。
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ブラジルも日本も昨年末に内閣が改造され、新年より新しい布陣となった。
特にブラジルは、国営石油公社ペトロブラスを中心とした大型汚職事件がきっかけとなり、政治家も今後相当数の起訴が見込まれ、大臣候補を含む予測リストが有力紙「エスタード・デ・サンパウロ」に掲載されたことにより、それらの人を除外した組閣となったため、ガラッとメンバーが変わった。
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元サンパウロ市市長(2001~04年)で前文化相のマルタ・スプリシー上院議員(労働者党・PT)が(1月)11日付エスタード紙掲載のインタビューで行った痛烈なPT批判が大きな波紋を呼びジウマ大統領をはじめとした連邦政府との対立も生んでいる。
サンパウロ市市長選への出馬意欲が消えない同氏は、PT離党も視野に入れている。11、13日付伯字紙が報じている。
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