対南ア親善試合の代表メンバー16名が発表に。カカ、ロビーニョは外れる

2014年 02月 12日
スコラーリ監督会見

ブラジル代表のルイス・フェリペ・スコラーリ監督が3月5日に行われる親善試合(対南アフリカ代表)に参加するメンバーを発表した。

2月11日(月)に開かれた記者会見では、海外で活躍する16名のみの発表となり、さらに3~4名の選手が、親善試合数日前、国内リーグでプレイする選手の中から選ばれるとのこと。

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川崎駅にて。ウォークマンで聞いた、24年ぶりの優勝。

2014年 02月 12日
1994アメリカ合衆国大会

1990年に来日した自分は、ブラジルがW杯で優勝する姿を見ることができずにいた。

大学1年生だった1994年にはワールドカップ・アメリカ合衆国大会が開催され、深夜にもかかわらず、ブラジルの試合を観戦した。前回に書いた「マイアミの奇跡」の2年前のことだ。サッカー好きな同級生もブラジルの活躍をみて、「今年はブラジル調子いいね」とコメントしていたのを覚えている。

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「マイアミの奇跡」はブラジル人にとっては屈辱だった

2014年 02月 11日
川口ゴールキーパー

1994年W杯で24年振りの優勝を果たしたブラジルは、1996年のアトランタオリンピックで国内初となるサッカーの金メダルを狙っていた。

ブラジルは日本、ハンガリー、ナイジェリアと同じグループDに入っていた。

セレソンには、94年W杯優勝時のメンバーのFWベベット、DFアウダイールに加え、MFリバウドが オーバーエイジ枠として召集されていた。さらにザガロ監督は、DFロベルト・カルロス、GKジーダ、FWロナウジーニョ、MFジュニーニョ・パウリスタも招集した。

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優勝はしなかったけれど、ブラジル・セレソンが教えてくれたこと

2014年 02月 9日
1986メキシコ大会ジーコ

1982年スペイン大会の失敗から4年。1986年のFIFAワールドカップ・メキシコ大会で、ブラジル代表に再びチャンスが訪れた。

監督は前大会同様、テレ・サンターナが指揮をとることとなった。

召集メンバーの中には、翌87年から日産自動車(現在の横浜Fマリノス)でプレイするオスカー、93年から柏レイソルでプレイするカレッカと、日本に馴染みのある選手の名もあった。黄金のカルテットを構成していた内の3人、ジーコ、ソクラテス、ファルカンも招集された。

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ブラジルW杯 日本2戦目の開催都市ナタウ(ナタール)のサッカー事情について

2014年 02月 9日
ナタウセアラーミリン川

前回に引き続き、W杯で日本代表が戦う都市について記述していきたいと思う。今回は、2戦目の舞台となるナタウのサッカー事情について。

ナタウはNatalと表記し、現地語ではLをルではなくウと発音するので、ナタウとなる。サンパウロのサッカーチームPalmeirasをパルメイラスではなくパウメイラスと発音するのと同じである。

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ジュール・リメ・トロフィーは何処へ消えたのか?

2014年 02月 8日
ピクルスくん

FIFAワールドカップTMといえば、大会の象徴として、トロフィーの存在が大きい。FIFAの初代会長だったジュール・リメ(フランスサッカー連盟会長でもあった)がワールドカップとサッカー界に多大な貢献をしたことから、その名が使われて「ジュール・リメ・トロフィー」と呼ばれるようになった。

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サヒアの悲劇

2014年 02月 7日
パオロロッシ1982

黄金のカルテットが誕生した、1982年、ワールドカップ・スペイン大会。

7月5日、エスタディ・デ・サヒア(サヒア競技場)で行われた2次リーグの最終戦、ブラジル対イタリアは、勝者が決勝トーナメントへ進むという重要な試合でした。

この日も黄金のカルテットは健在。ブラジルが、皆を魅了するサッカースタイルで勝利することを、誰もが確信していました。

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