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カンデラリアの虐殺から21年。リオで追悼ミサと集会が行われる

カンデラリア21年

追悼ミサを報じた「G1」は虐殺事件の顛末に関しても記している。

カンデラリアの虐殺で、死んだふりをして生き延びることができたヴァギネル・ドス・サントスさんは、事件の重要な証人となった。1994年、身に記念が迫ったヴァギネルさんはアムネスティ・インターナショナルや政府の保護を受けてスイスに移住して、裁判のときだけブラジルへ帰国した。

虐殺の3年後の1996年11月、19時間続けられた裁判で軍警察官だったネウソン・クーニャ被告に禁固261年の刑が言い渡された。

他の被告人では、やはり軍警察官だったマルクス・ヴィニシウス・ボルジェス・エマヌエウ被告が3回の裁判を受けた。1996年4月の裁判では弁護側が控訴、同年6月の裁判では、2少年の殺害については有罪、他の9つの案件では無罪となった。そして2003年、4つの殺人と5件の殺人未遂も立証された。

マルコス・アウレリオ・ヂ・アウカンターラは3人目の被告で、裁判は1998年に行われた。95年には罪を告白していたのが、証言を覆して無罪を主張した。弁護士側も、自白は誘導されたものだと主張したが、204年の禁固刑が言い渡された。

しかし、コミュニティ内、家庭、路上などで受ける暴力などで苦しむ児童や青少年のための学校を運営するプロジェクト「ウエレー」の創始者でもあり、現代芸術家、教育者でもあるイヴォンニ・ベゼーハ・ヂ・メロさんは、「今も何もかわっていない」とアジェンシア・ブラジルの取材に答えている。

イヴォンニさんは当時から、カンデラリアの虐殺の日に広場にいた子どもたちを含む、路上で生活している青少年たちの支援をしていた。広場から逃げた子どもたちに事件のことを知らされて、真っ先に現場に駆けつけた。

「それは、2年に渡って私が関わって来た子どもたちでした。あれからブラジルは何も変わっていません。公共政策は機能していません」

イヴォンニさんによると、平均すると今もブラジルでは1日に28人、1年に6000人の子どもが殺されているという。

「この国で私たちが優先しなければならないのは教育のシステムです。なぜなら25%の児童や青少年が、教育を受けられず路上にいるのです」

虐殺については、イヴォンニさん自身が当時のことを記した「アス・オヴェーリャス・デスガハーダス・イ・スアス・アウゴゼス(邦訳版「リオの路上から・イヴォネと子供たち」訳/宮川智恵子、刊/丸善プラネット)」で詳しくしることができる。

(文/麻生雅人、写真/Tânia Rêgo/Agência Brasil)
7月23日、リオデジャネイロ市旧市街区、カンデラリア付近。ミサのあと、行進がおこなわれた

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