第28回東京国際映画祭、ブラジル映画「ニーゼ」がグランプリ受賞。グロリア・ピリスは最優秀女優賞

2015年 11月 1日

東京国際映画祭審査員

自身も自閉症の子どもたちを送迎するバスドライバーの経験があるというブライアン・シンガー審査委員長は、東京グランプリを「ニーゼ」が受賞したことを個人的にもうれしく思い、「私の心を打つ映画でした」と述べた。

「21 歳の時、精神障害のある子供たちのバスドライバーをやっていた事があったんですが、ダウン症の子供たちも多かった訳です。従妹にキャリーというダウン症の女の子がいたんですが、『ニーゼ』のワンシーンの中で思い出した事があります。病院の中で同じダウン症の患者さんがキャリーの胸を触った時に、看護師さんが優しく、『そういう事はやってはいけない』と教えたという話を叔父から聞いていました。映画の中で同じようなシーンがあり、ニーゼが、患者の秘められた感情を優しくフォローし引き出してあげているというのが、自身のいとこの思い出と覆いかぶさって見えたのです」(ブライアン・シンガー審査委員長)

本年の審査員たちはグランプリ受賞作品の選定について、以下のように語った。

「皆、それぞれ個人的な体験に基づいて観てみたり、色々な選択の仕方があったと思います」(ベント・ハーメル)

「かなり真っ向から論議し、勝負をしました。しかし、あれだけ素晴らしく気品のあるエレガントな論議は無かったと思います。終わった後も、お互いしっかりとほほ笑む事が出来たので、良かったです」(トラン・アン・ユン)

「ブライアン(審査委員)に関しては、確かに個人的な体験が結果に反映されていたかもしれません。しかし、本当に素晴らしい作品であれば、作品がその中の体験に私たちを良い意味で引き込んでくれると思っています。私は、個人的な体験などが覆いかぶさることは無かったですが、作品に良い意味で引き込まれていった訳です」(ナンサン・シー)

「映画祭で審査をする良さは、“完璧”な作品を審査する訳ではない、という事。完璧では無いかもしれないが、作り手が勇気をもってひとつの実験をしてみた時に、その映画・作り手の将来にとって何かのポテンシャルになる可能性を審議する訳です。それが映画祭において私達が体験できる素晴らしさだと思います」(スサンネ・ビア)

審査員のひとり大森一樹監督は今回の審査では、国際映画祭ならではのコンペティションの審査における醍醐味を味わうことができたと語った。

「他の審査員の方々と同じで、すごく上手くいったと思います。こういう結果になるんだったら、とてもやりがい
のある審査だったと思います。映画を一本一本観て、途中、ぞれぞれの作品に思う事があって、『この作品を違う
審査員が強く推して来たらどうしよう』と悩む事もありました」(大森一樹)

「しかし、最後の審査の日にブライアン(審査委員長)が、6本の映画を候補に挙げてきたんです。その他もほとんど皆意見が一致していました。その6本は僕としても満足できる映画で、意見の一致しない映画は一本も無かった。世界観の全く違う 16 本もの映画を、国も育ちも違う(映画を作るという事が唯一の共通点である)人々が観て、その6本の意見が一緒になるなんて。奇跡のような感動を受けました」(大森一樹)

また、大森一樹監督は、審査にマニュアルはないと強調した。

「日本のジャーナリストって、『監督という立場でどうお考えですか? 審査の基準はあるんですか?』みたいな事をみんな聞くんですよ。それって、ようするに審査のマニュアルを知りたい訳ですよね。今回私は審査にマニュアルはないんだ、と感じたんです」(大森一樹)

「映画には2種類あって、引き込まれる映画、そうじゃない映画がある。最後にブライアン(審査委員長)が6本の映画を挙げた時、みんなが共通して引き込まれた映画だった。それは、審査員皆が、映画がもっている力を感じられる人だったという事だったのではないかと。改めて、審査にマニュアルはございません」(大森一樹)

審査委員長を務めた、「Xメン」シリーズの監督としても知られるブライアン・シンガー監督は、グランプリ作品の審議は簡単ではなく、長時間を要したことも強調した。

「作品をつくるにあたって、とにかくその作がファンタジーであろうと、実話に基づいたものであろうと観た観
客が本当だと思うということが本当に大事だと思います。それを考えた時に、この作品は、本当にその要素が全部含まれていました。寂しさもあり、ユーモアもあり、そして最終的には勝負もあり、この作品に決めました」(ブライアン・シンガー審査委員長)

「素晴らしいフィルムメーカーの皆さま、素晴らしい演技者がいる中で、たったの6賞しかないことが残念です。個人的な友人イーサン・ホークも非常にいい演技をしたと思いますし、『地雷と少年兵』の少年兵たちなど、皆すごくいい演技をしていました。そして特に、『ニーゼ』に登場する犬の演技も最高でした。動物に演技をさせる難しさが私にはよくわかるので、犬の素晴らしい演技に賞を差し上げたかったくらいです」(ブライアン・シンガー審査委員長)

見事、グランプリを受賞した「ニーゼ」のホベルト・ベリネール監督は、グランプリを受賞したことで映画がより広く知られるきっかけを得たことを喜んだ(次ページへつづく)。

(文/麻生雅人、写真/(C)2015 TIFF)
写真は第28回東京国際映画祭の審査員。左からベント・ハーメル(映画監督、脚本家、プロデューサー「酔いどれ詩人になるまえに」、「キッチンストーリー」など)、スサンネ・ビア(映画監督、脚本家、「アフター・ウェディング」、「未来を生きる君たちへ」など)、ブライアン・シンガー(映画監督、脚本家、プロデューサー「Xメン」、「ワルキューレ」など)、ナンサン・シー(プロデューサー、「ターガー・マウンテン 雪原の死闘」など)、トラン・アン・ユン(映画監督、「青いパパイヤの香り」、「ノルウェイの森」など)、大森一樹(映画監督、脚本家「風の歌を聴け」、「わが心の銀河鉄道 宮澤賢治物語」など)