ブラジル代表の常連、レアンドロ・ダミアォンがJリーグにやってきた

2019年 02月 26日


2012年9月、ブラジル代表の一員として中国との国際親善試合を前にプールでの訓練に参加したレアンドロ・ダミアォン

2月22日(金)、Jリーグの2019シーズンが開幕した。

現在のJリーグは、ジーコやリネカー、ドゥンガなどが在籍したJリーグ創世記ほどではないにせよ、昨年あたりからかなりのビッグネームの外国人選手がプレーするようになっている。

その最たるものはヴィッセル神戸で、一昨年のポドルスキー(元ドイツ代表)、昨年のイニエスタ(元スペイン代表)に続き、今期はスペイン代表そしてバルセロナでイニエスタと一緒にプレーしたダビド・ビジャをも加えている。

現在のJリーグにおけるブラジル人選手といえば、昨年名古屋グランパスに加入し、昨季の得点王にも輝いたジョーをまずは思い浮かべるが、今年はそれ以上のインパクトを与える選手が川崎フロンターレに加入した。

レアンドロ・ダミアォンだ。

このニュースを聞いたとき、久しぶりに高揚感のようなものを受けた。レアンドロ・ダミアォンは、ブラジルでは超ビッグネームだ。一時期はブラジル代表の常連でフル代表でも活躍している。

残念ながらワールドカップには縁がなかったが、ネイマールを擁して初優勝を狙った2012年のロンドンオリンピックでは、得点王に輝いている(結果は残念ながら準優勝だった)。

クラブチームでは、2016年に少しだけスペインのチームに所属しているが、それ以外は一貫してブラジルでプレーしている。サントス、クルゼイロ、フラメンゴといった一流クラブでプレーしているが、キャリアのほとんどをブラジル南部ポルトアレグレの強豪チームであるインテルナシオナウでプレーしている。インテルナシオナウは、2010年にリベルタドーレス杯を制し南米王者に輝いているが、その優勝にも貢献した。

さて、Jリーグ開幕に先駆けて、前週の2月16日(土)に、前年のJリーグと天皇杯の優勝チーム同士の戦いである富士ゼロックス杯が行われた。これがレアンドロ・ダミアォンの日本におけるデビュー戦となった。

この試合におけるレアンドロのインパクトはすごかった。

昨年は小林悠のいた1トップにレアンドロが入り、小林悠は2列目の右に入っていた。

2列目の真ん中に中村憲剛、左に家長、この前線4人が流動的に動き、いい攻撃をつくっていた。少し、森保ジャパンの大迫と新ビッグスリー(堂安、南野、中島)のような感じだ。

相当に練習を重ねてきたのだろう。そして、日本のサッカーに順応すべく努力をしていることがよくわかる。相当にフィットしていた。188cmという長身なので、当然空中戦に強い。しかしそれだけでなく、味方の動きをよく見ており、パスも選択できる。足元もしっかりしている。

何度も決定的なチャンスをつくっており、大事なデビュー戦で、決勝ゴールという結果を出すことができた。

これは本人にとっても大きいことだろう。やはりモノが違うという印象だ。鮮烈なデビューを飾った。

ところで、試合を見て思ったことの一つに、川崎フロンターレのユニフォームは、ブラジルの名門チーム、グレミオと色づかいといいとても似ているということだ。

グレミオは、レアンドロ・ダミアォンのチーム、インテルナシオナウと同じホームタウンでライバルチームである。ブラジルのメディアでも、レアンドロ・ダミアォンの日本での活躍ぶりは必ず報道されるはずで、そんなグレミオのようなユニフォーム姿のレアンドロ・ダミアォンを見るブラジル人の反応を想像するだけでも、おもしろいと思ったりした。

続いて行われたJリーグの開幕戦(2月23日)では、残念ながらゴールは決められず、FC東京相手にスコアレスドローに終わった。

これから長いシーズンが始まる。アジアチャンピオンズリーグも戦う。これからもレアンドロ・ダミアォンには注目していきたい。

最後に選手名の表記について。レアンドロ・ダミアォンの日本語での表記はレアンドロ・ダミアンとなっている。ローマ字表記は、Leandro Damião。Damiãoの語尾は、São PauloのSãoと同じでアォンとなる。

ポルトガル語の名前の日本語表記は本当に難しいのだが、ダミアンという言い方は相当に違和感を覚えてしまうので、このコラムでは現地での発音に近いダミアォンと表記させていただいたことをご容赦いただきたい。

(文/コウトク、写真/Rafael Ribeiro/CBF)

著者紹介

コウトク

2005年6月~2012年6月まで仕事の関係で、ブラジルに在住。ブラジル在住当時は、サッカー観戦に興じる。サントス戦については、生観戦、TV観戦問わずほぼ全試合を見ていた。
2007年5月のサンパウロ選手権と2010年8月のブラジル杯のサントス優勝の瞬間をスタジアムで体感。また、2011年6月のリベルタドーレス杯制覇時は、スタジアム近くのBarで、大勢のサンチスタと共にTV観戦し、優勝の喜びを味わった。

コラムの記事一覧へ