【コラム】サンフランシスコ河中流域における灌漑農業の発展
2019年 12月 17日2:アメリカ大陸の名付け親ペスプッチに発見されたサンフランシスコ河
ポルトガルの航海者ペドロ・アウヴァリス・カブラウは1500年に胡椒を求めてインドへの航海を行った。このインド遠征時、船団が嵐に遭遇してブラジルに漂着した。カブラウはブラジルに10日間だけ滞在し、当初の目的地であるインドに向かった。
翌1501年、時のポルトガル国王マヌエル1 世(建築様式の一つ、マヌエル様式で有名)の命令によってブラジルの探検航海が行われた。
遠征隊に加わっていたイタリア人航海者のアメリゴ・ベスプッチは、この航海の結果、コロンブスが死ぬまでインドだと信じていた大陸が、実はヨーロッパ人に知られていなかった「新大陸」であることを明らかにした。
この功績により、ベスプッチが発見した新大 陸は彼のラテン名アメリクスにちなんで 「アメリカ」と命名されることになった。
前置きが長くなったが、ベスプッチはこのときの探検航海において、この稿の主題であるサンフランシスコ河にたどり着いている。
ベスプッチが河を発見した1501年10月4日が丁度アッシジの聖フランチェスコの命日であったことから「サン フランシスコ河」という名前が付けられ た。
全長 3,180km で、ブラジルでは5番目に長い河である。ミナスジェライス に水源を有し、5 つの州(ミナスジェラ イス、バイーア、ペルナンブーコ、セル ジッペ、アラゴアス)を横断して大西洋 に流れ出ている。
雨の少ない東北伯のセ ルトン(半乾燥地帯)の人々に「命の水」 を供給する重要な河である。
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