ブラジル生まれのキャッサバケーキ、「ボーロ・ジ・マンジョッカ」、「マネー・ペラード」の伝説とレシピ

2025年 01月 29日
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北東部ペルナンブッコ州のポウザーダの朝食に並ぶボーロ・ジ・マンジョッカ(撮影/麻生雅人)

日常的にブラジルで親しまれているお菓子のひとつに、「ボーロ・ジ・マンジョッカ」がある。

メインの原料は、南米大陸原産で、先住民にとってトウモロコシと並ぶ主食の一つでもあったマンジョッカ(キャッサバ芋)だ。

1500年にこの地に上陸して、その後、この地に植民したポルトガル人にとっても先住民が食していたマンジョッカは、主要な炭水化物源となった。

やがてこの土地では、先住民の食文化と、ポルトガル人が持ち込んだヨーロッパ食文化が融合したさまざまな食べ物が生まれていくが、「ボーロ・ジ・マンジョッカ」もその一例と考えられている。

マンジョッカ自体は、ブラジルでは日常的な食事のお供から、酒場のおつまみ、お菓子、お酒に至るまで、食のあらゆる場面で親しまれている。この国を代表する国民的な食材のひとつだ。

ポルトガル人の手でブラジルから世界各地に伝わったと考えられているマンジョッカは、アフリカやアジアにも根付き、現在ではナイジェリア、コンゴ、ガーナ、タイも主要生産国として知られる。

この芋からとれるデンプンもまた、食品から工業利用まで、世界中で幅広く利用されている。

マンジョッカのデンプンは粘度が高いため、これを使った食品はモチモチとした食感が特徴となる。日本でもおなじみの「タピオカ・ドリンク」につかわれるタピオカ・ボールも、マンジョッカ由来のデンプンから作られている(“タピオカ”という言葉自体、ブラジルの先住民の言葉が由来となっている)。

マンジョッカのデンプンからはパンも作られるが、最も有名なのが、チーズを使ったモチモチなチーズパン「ポンジケイジョ」だろう。本来は小麦粉を使わないため、近年はグルテンフリー食品としても再評価されている。

ちなみにミスター・ドーナツの「ポン・デ・リング」も、モチモチな食感を出すためマンジョッカのデンプンを使用している。「ポン・デ・リング」という商品名も、ポンジケイジョ(ポンデケージョ)が由来とのことだ。

ポンジケイジョは日本でも見かける機会が多くなったが、本場の味、食感に近いものはまだまだ少ない。麻布十番にある炭火焼きシュラスコ・レストラン「ゴストーゾ」のコースで用意されるポンデケイジョは、おそらく東京都内で出会える最も本場の味に近いポンデケイジョだ。

さて。マンジョッカのデンプンは主に芋を絞った液体に沈殿したものから得られるが、マンジョッカは、品種によっては、芋の根塊そのものが調理に使われる。

摺り下ろした芋を使って作られるケーキが「ボーロ・ジ・マンジョッカ」だ。

ボーロはポルトガル語でケーキなどを指す言葉。「たまごボーロ」をはじめ、日本で焼き菓子に使われるボーロという言葉も、ポルトガルから伝わり日本語化したものだ。ブラジルにおけるお菓子のボーロは、ケーキ状のものを指すことが多い。

レシピの詳細は後ほど記すが、おおまかには、摺り下ろしたマンジョッカ、摺り下ろしたココナッツ、バター、チーズ、卵を使って作られる、いたってシンプルなケーキだ。

材料が異なるが、一時セブンイレブンでも展開されたハワイの「ココナッツバター餅」に、味も食感も近い、といえば創造しやすいだろうか(こちらのメインのデンプンはもち粉)。

シンプルなレシピなのと、マンジョッカ(英語圏などでは、英語名のキャッサバで知られる)が世界各地で栽培されていることもあり、フィリピンのカサバ(キャッサバ)ケーキ、マレーシアのKuih Bingka Ubi(クエ ビンカ ウビ)またはKuih Bingka Ubi Kayu(クエ ビンカ ウビ カユ)など、「ボーロ・ジ・マンジョッカ」に似たお菓子が世界各地にある。

ところでこの「ボーロ・ジ・マンジョッカ」、ほぼ国のあらゆる地域で親しまれている、国民的といってもいいほど普遍的なお菓子ではあるが、いくつかの異なる呼び名があるだけでなく、ルーツや成り立ちにも諸説があり、地方によってはその地域特有の逸話が言い伝えられていたりもする。いくつかの地域では“地元のご当地名物”として紹介されている。

現地メディア「G1」のレポートに答えた、サンパウロ州の有名私立大学であるサンジュダス大学のガストロノミー学科のマリア・ジ・ファッチマ・ゴンサウヴィス教授は、マンジョッカ自体が地方や品種によってアイピン、マカシェイラなど異なる呼び方が存在するため、このケーキも「ボーロ・ジ・アイピン」、「ボーロ・ジ・マカシェイラ」と呼ばれることがあると語っている。

同教授はまた、レシピにも地域によりバリエーションがあり、しっとりとしたタイプ、ドライなタイプ、クリーミィなタイプなどがあるが、マンジョッカが材料であることは共通するという。

そして「ボーロ・ジ・マンジョッカ」は、「ボーロ・マネー・ペラード(Mané Pelado)」(または「マネー・ペラード」)という呼び名でも知られ、フェスタジュニーナ(6月祭り)でも人気のごちそうのひとつとして知られている。

少々風変わりな名前だが、“マネー”とは、人名のマヌエウ/マヌエルの略称。“ペラード”は、裸の、むき出しの、といったニュアンスの言葉だ。この呼び名“マネー・ペラード”の由来も実に多岐にわたっていて、どれもユニークだ。

家庭情報サイト「カーザ・クリナーリア」では「ボーロ・マネー・ペラード」を北東部の名物料理と紹介している。また“マネー・ペラード”という名前の由来は、このお菓子のシンプルさに由来するという。

同メディアによると、“マネー”は、ブラジル北東部の人々のことを愛情をこめて呼ぶときの呼び方で、“ペラード”は、アイシングやフィリングといった装飾や具がなく、ケーキがそのままの姿でありながら風味豊かであることがあらわされているという。

サンパウロ州の有力紙「エスタダォン」の食文化発信ページ「パラダール」も「ボーロ・マネー・ペラード」を「北東部地域の伝統的なケーキ」と紹介している。

南東部ミナスジェライス州の州政府が運営する情報サイト「ミナス」では「ミナスの味:ボーロ・マネー・ペラード」と紹介している。

ただし、このケーキの発祥が同州であると主張しているわけではなく、同州の伝統料理の聖地ともいえる地域に伝わるご当地レシピを紹介する、という趣旨のレポートとなっている。

紹介されているのは、州の北西部にあり、隣のゴイアス州と隣接するパラカトゥ市に伝わるレシピ。

パラカトゥ市は、ミナスジェライス州の中でも郷土の伝統的な味が多く残っていることでも知られる都市。先祖代々のレシピを受け継ぐ家族経営の個人食料品店が数多く存在している。

同じくマンジョッカが材料となるポンジケイジョも、パラカトゥでは独特の製法で知られる(多くの場合、ポンジケイジョを作る際に生地を熱湯で温める工程があるが、パラカトゥではこの工程がなく、生の生地から作る)。

それゆえ、広いミナスジェライス州の中でもこの土地のレシピが選ばれているということだろう(レシピは下記)。

また、マネー・ペラードのネーミングに関しては「ブラジルの南東部と中西部で非常に人気があるこのケーキの名前は、衣服を着ずにマンジョッカを収穫する習慣があった農民に敬意を表して付けられたという伝説がある」と紹介している。この場合、“裸のマネー”は材料であるマンジョッカを収穫した農民を指していることになる。

一方、ブラジルでも広く展開している、フランスのスーパーマーケットチェーン「カルフール」が運営するレシピサイト「サイバークック」は、「ボーロ・マネー・ペラード」は、ミナスジェライス州のお隣、ゴイアス州の名物と紹介している。

ケーキの名前の由来も「ゴイアス州で有名になったひとりの露天商に由来しており、彼のキャラが同州特有の食べ物の命名に一役買っている」という。

曰く「広く伝えられている言い伝えによると、このお菓子のレシピはボーロ・ジ・マンジョッカを作るゴイアス州のある女性によって考案され、彼女の夫マヌエウが通りに出てこのお菓子を路上販売していた。セハード地帯(サバンナ)ならではの暑い気候の中、マヌエウ(通称マネー)は服を着ずにお菓子を販売していた」。

この逸話では、特定の“裸のマネーさん”が売っていたケーキ、ということになる。

ゴイアス州ではボーロがつかず「マネー・ペラード」と呼ばれることが一般的なようだが、確かにこの名前のお菓子はゴイアス州やミナスジェライス州でポピュラーだ。

一方、北部や北東部では、見た目はほとんど同じだが少しだけ材料に違いがある「ボーロ・ジ・カリマン」、「ボーロ・ジ・プーバ」がよく知られている。

カリマンまたはプーバは、数日間水につけて自然発酵させたマンジョッカで、これを使ったケーキが「ボーロ・ジ・カリマン」、「ボーロ・ジ・プーバ」だ。

カリマンもプーバも先住民族の言葉で、セアラー州連邦大学の研究によると同州のトレメンベー・ジ・アウモファーラ居住区で暮らす先住民の調理の中に「ボーロ・ジ・カリマン」が存在している。

マンジョッカを生地にしてパン状に焼いて食べる習慣がすでに先住民にはあり、これとポルトガル人が持ち込んだケーキの文化とが融合して「ボーロ・ジ・マンジョッカ」が生まれたという説も、どうやら信憑性の低い話ではなさそうだ。

以下にいくつかのレシピを紹介する、

●「カーザ・クリナーリア」版(約12人分)

<材料>
皮をむいたマンジョッカ   500g
摺り下ろしたチーズ       ティースプーン1.5杯
摺り下ろした乾燥ココナッツ    ティースプーン1.5杯
砂糖            ティースプーン2杯
ココナッツミルク ティースプーン4分の3杯
牛乳      ティースプーン2分の1杯
溶かしたバター 50g
たまご 4個
塩  ひとつまみ

バター(塗るため)
小麦粉(ベーキングトレイに散らすため)

<作り方>
1:オーブンを180℃に予熱し、ベーキングトレイにバターを塗り、小麦粉を振りかけておく。
2:鍋にマンジョッカを入れ、沸騰したお湯で柔らかくなるまで茹でたあと、水気を切って置いておく。
3:ミキサーの中に、茹でたマンジョッカ、チーズ、ココナッツ、卵、砂糖、溶かしたバター、ココナッツミルク、牛乳、塩ひとつまみを加える。
4:生地になるすべての材料が混ざり合うまでミキサーにかける。
5:用意しておいたベーキングトレイに生地を注ぎ、予熱しておいたオーブンで約40分間、またはマネー・ペラードが黄金色になって固まるまで焼く。
6:オーブンから取り出して冷ましてからトレイから外す。
7:スライスしてお皿に分ける。

●「エスタダォン」版(アニェンビー・モルンビー大学ガストロノミーコース、ダヴィウソン・フォンチ教授による)

<材料>
目の粗いおろし金で摺り下ろしたマンジョッカ  1kg
目の粗いおろし金で摺り下ろした半熟成チーズ 150g
卵                      4個
砂糖 300g
摺り下ろした生ココナッツ 110g
溶かしたバター 20g
全乳    700ml
塩一つまみを振った、塗るためのバター 15g
パン粉                    15g
                         
<作り方>
1:マンジョッカから余分な水分を抜く。
2:型(※ベーキングトレイなど)にバターとパン粉を塗る。
3:ボウルに卵、砂糖、溶かしたバター、牛乳を入れて混ぜる。
4:別の容器に、摺り下ろしたマンジョッカ、チーズ、ココナッツを入れて混ぜ、バター塗った型に移し、均等に広げる。続いて、この上に(ボウルで作った)液体部分を注ぐ。
5:170度で30~40分、または黄金色になるまで焼く。
6:冷ましたら切り分ける。

●「ミナス」版(パラカトゥ市に伝わるレシピ)

<材料>
摺り下ろした、または絞ったマンジョッカ 1kg
地鶏の卵             5個
砂糖                500g
農場手作りバター 300g
削った生ココナッツ  200g
粉末酵母 スプーン 2杯
(※詳細の指定はないが、他の材料との兼ね合いから、天然酵母であると思われる)

<作り方>
卵、砂糖、バターをよくかき混ぜ、ココナッツ、酵母を加える。油を塗った焼き型に入れて弱火で焼く。

●「サイバークック」版(ゴイアス州に伝わるレシピ)

<材料>
マンジョッカ  500g
標準ミナスチーズ(ケイジョ・ミナス・パドラォン) 300g
砂糖                       300g
卵                        4個
ココナッツミルク 200ml
牛乳 ティーカップ 2分の1杯
バター 100g
アニスシード ティースプーン1杯

<作り方>
1:ボウルに、摺り下ろしたマンジョッカ、摺り下ろしたミナスチーズ、砂糖、卵、ココナッツミルク、牛乳、室温で置いたバター、アニスシードを入れて、充分にかき混ぜる。
2:(練って作った)生地を長方形のベーキングトレイ(33 cm x 21 cm)に移し、バターを塗って砂糖をまぶす。
3:180℃に熱しておいたオーブンで1時間焼く。
4:冷ましてから切り分ける。

(文/麻生雅人)

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