1974年のキッチュなブラジル産クィア・ギャング映画「デビルクイーン」、日本初公開

2024年 08月 8日

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デビルクイーン・ファミリーの面々(画像提供/ALFAZBET)

映画「デビルクイーン(現代「Rainha Diaba」)」は、ブラジル版“ヌーヴェル・ヴァーグ”ともいえる“シネマ・ノーヴォ”の次世代の映像作家アントニオ・カルロス・ダ・フォントゥーラ監督の長編2作目。

初公開は1974年で、オリジナル版は35mm カメラで撮影されている。今回、日本でも公開される映像は、国立公文書館と観光省文化特別事務局の視聴覚技術センターが保管するネガをLink Digital/Mapa Filmes が修復した4Kリストア版。2022年にサンパウロ国際映画祭で上映された後、2023年にはベルリン国際映画祭でもフォーラム部門で上映された。

物語は、黒人でゲイ、自らを悪魔(ジアーバ)と呼ぶ残忍なデビルクイーンが牛耳る麻薬密売団を中心に描かれる。

ジアーバには、仕入れ担当、販売担当など何人かの腹心の配下がいるが、恐怖で支配された脆い主従関係に、今、亀裂が入ろうとしている。

配下のひとりで、お気に入りの美男子ホベルチ―ニョが警察に追われる羽目になったことを知ったジアーバは、身代わりをでっちあげてホベルチ―ニョを守ることに。

この陰謀を担当することになった配下のカチトゥは、ひとりのジゴロの美青年ベレッコに目をつけ、着々とベレッコを策にハメていくが、事態は思わぬ展開を見せ始める…。

かくてジアーバは、クーデターを画策するファミリーの配下たち、素人ながら血気盛んな若きベレッコとその仲間たちと、二つの勢力に狙われる羽目になるが…。

物語の主軸は麻薬密売の利権をめぐる三つ巴の抗争だが、この顛末を、ジアーボ達が棲む、退廃的な夜の世界を舞台に、独特の色彩感覚と舞台背景を用意して描いているのが、映画「デビルクイーン」の最大の特徴といえる。

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イザを拷問するデビルクイーン(左)と取り巻き衆(画像提供/ALFAZBET)

ジアーバは、2つの顔のクイーンとして描かれている。

一つの顔は、ファミリーの幹部衆にとってのクイーン。幹部衆の忠誠心は、金と恐怖で支配されているにすぎない。

そしてもうひとつの顔は、街のゲイやトランスジェンダーによるジアーバの取り巻き衆にとってのクイーン。彼女たちは、心からデビルを崇めている。この取り巻き衆たちはギャングでもなければ麻薬密売にもかかわっていないが、クーデターでジアーバが命を脅かされるや、私設警護団のような形で抗争に参画してくる。

まずは、70年代ファッションに身を包んだ個性的な面々で構成された幹部衆の風貌が、この映画の世界観を作り上げる重要なファクターとなっている。

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デビルクイーン(一番右)とファミリー(画像提供/ALFAZBET)

素肌に紫色のシャツジャケットを羽織り、大きなゴールドの飾りのネックレスをした背の低いひげ男“チビ”(上部写真、一番左、トップ写真上、一番右)。

黒メガネと短髪、アールデコ調のシャツのやせ男“ビッコ”(トップ写真上、左から2番目)。

いつも仕立服のジャケットに蝶ネクタイ、おしゃれサングラスで決めている“ネクタイ”(上部写真、左から3番目)。

赤シャツにGジャンのマッチョな黒人“ベルヴェット”(トップ写真上、一番左)。

ベストとハンチング帽、そして伸ばした顎髭をピンでとめてメイクアップしているいなせな黒人の“すきっ歯”(上部写真、左から4番目、トップ写真上、右から2番目)。

学生風の長髪の美青年“ホベルチ―ニョ”(上部写真、左から2番目)。

大きく開けたシャツの胸元から胸毛をのぞかせている威勢のいいチンピラ“カチトゥ”(トップ写真上、中央)。

ジアーバが仕切る売春宿を切り盛りする“ヴィオレッタ”(トップ写真上、右から3番目)。

加えて、幹部衆の若頭的存在で、最も恰幅がよく貫禄もある黒人“コイザ・フイン”(上部写真、左一番右奥)。

彼らが登場するだけで俄然、映画は劇画チックに盛り上がる。

このファミリーの面々を含め、キャストには人気スター俳優や、名脇役俳優たちがずらりと顔をそろえている。

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デビルクイーン(画像提供/ALFAZBET)

主人公デビルクイーンに扮するのは、ブラジルを代表する黒人俳優、監督、劇作家のミウトン・ゴンサウヴィスだ。

キャリアの初期にはテレビノヴェラの黄金期に「Irmãos Coragem」(1970)、「Bandeira 2」(1971)などに出演した。日本で公開された映画では、「マクナイーマ」(1968、マクナイーマの兄弟のひとり)、「パラドールにかかる月」(1988)、ブラジルを舞台にした格闘技映画「キック・ボクサー3」(1991、話のわかる巡査部長)、「オルフェ」(1997、オルフェの父親)、「ペレ:伝説の誕生」(2017、元ブラジル代表選手で、ペレを見出すサントスのスカウトマン)、「ピシンギーニャ」(2021、ピシンギーニャの父親)などを演じている。

幹部衆の若頭“コイザ・フイン”に扮したのプロコーピオ・マリアーノも、60年代初頭から劇場、映画で活躍した人気黒人俳優のひとり。70年代半ば以降はテレビでも人気を博した。ネウソン・ペレイラ・ドス・サントス監督の「監獄の記憶」(1984)にも出演している。

抗争のキーマンとなるカチトゥを演じたのはテレビと映画でおなじみのネウソン・シャヴィエール(下部写真、右)。

出演映画のいくつかは日本でも公開されている。「未亡人ドナ・フロールの理想的再婚生活」(1976)では、主人公の未亡人フロールが、亡き夫ヴァヂーニョと初めて出会ったときにヴァヂーニョとつるんでいた彼の友人役。「ガール・フロム・リオ」(2002)におけるリオのヤクザ役。ダム建設で水没することになった村で、村を守ろうとする人々のてんやわんやをコメディタッチで描いた「ジャヴェーの語りべ」(2002)では、村を救うための“妙案”を言い出す村人役でいい味をだしていた。「トラッシュ!−この街が輝く日まで−」(2014)では、拾った財布をきっかけに汚職事件に巻き込まれる少年たちが、事件の謎を解き明かしていく過程で、事件解明のヒントを与えることになる男を演じた。そのほか「パラドールにかかる月」(1988)にも出演している。

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強盗でもひと暴れするカチトゥ(右)一派(画像提供/ALFAZBET)

カチトゥのグループの一員で、物語の中盤でいち早く抗争の犠牲になる黒人“ヒゲ”に扮するのは、この映画の2年後、1976年に国際版が中国やロシアでもヒットしたテレノヴェラ「エスクラーヴァ・イザウーラ(奴隷のイザウーラ)」で奴隷のひとりアンドレを演じたことで知られることとなるアロウド・ジ・オリヴェイラ(上部写真、一番左)。

グローボ放送網の人気コメディ「ゾーハ・トータウ」のレギュラー出演者としても有名だ。子役時代から映画で活躍するベテラン俳優で、デビュー作は10歳の時に出演したネウソン・ペレイラ・ドス・サントス監督「リオ40度」。ちなみにこの映画ではヒゲがトレードマークの“ヒゲ”というキャラで登場するが、普段はヒゲははやしていない。

ビッコを演じたウィウソン・グレイは、主に1950年代から70年代にかけて150~250本もの映画に出演したといわれる、映画界に欠かせない名脇役俳優の一人。1982年にホラー映画のパイオニアのひとりイヴァン・カルドーゾ監督の「オ・セグレード・ダ・ムーミア(ミイラ男の秘密)」で初主演を果たしている。1985年にはシコ・ブアルキの戯曲を映画化した「三文オペラ リオ1941(オペラ・ド・マランドロ)」では、“ヂサフィーオ・ド・マランドロ”が流れる場面で主人公マックスとビリヤードで対決するマランドロ、サッチロ。ネウソン・ペレイラ・ドス・サントス監督の「監獄の記憶」(1984)では囚人のひとりガウーショを演じた。

口数は少ないが存在感はたっぷりの“チビ”を演じたのは、映画やテレノヴェラでおなじみのルッテロ・ルイース。テレノヴェラでは「ベン・アマード」(1973)、「ぺカード・カピタウ」(1975)などで活躍。映画では「三文オペラ リオ1941(オペラ・ド・マランドロ)」にも出演している。最後の作品となったのが人気テレノヴェラ(連続ドラマ)「オ・セクソ・ドス・アンジョス」(1990)で、出演中にがんのため死去したため、宝くじが当たって旅に出たという設定となった。ルッテロも本作では口ひげを生やして不敵な面持ちだが、ふだんはヒゲははやしていない。

売春宿の女将ヴィオレッタを演じたのは大ベテランのヤラ・コルチス。第二次大戦中に従軍看護婦や航空会社の客室乗務員として働いき、戦後、演劇界へ。映画界では1939年から、テレビ界では1951年からと、それぞれのメディアの黎明期から活躍している。テレノヴェラ黄金期には「オ・セミデウス」(1973)、「カーゾ・エスペシアウ」(1973)、「オ・ヘブ」(1974)などで活躍している。

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ジゴロのベレッコとデビルクイーン(画像提供/ALFAZBET)

カチトゥの陰謀により、身代わりとして罪を被せられるはずだったところ、危機を脱するやデビルに牙をむきはじめるジゴロ青年ベレッコを演じるのは、配役の中で最も有名人かもしれないステパン・ナーセシアン(上記写真、奥)。

1970年代から2010年代にかけてグローボ放送網のテレビや映画で活躍したのみならず、政治家としても有名。2005年から2010年にはリオデジャネイロ市議会議員、2011年から2015年にはリオデジャネイロ州議会議員として働き、2016年から2019年には国立芸術財団(フナルチ)の会長を務めている。

テレノヴェラでは「バンデイラ2」(1971)、「ドゥアス・ヴィーダス」(1972)、「オ・アストロ」(1977)、「フェイジョン・マラヴィーリャ」(1979)などでハンサムぶりを発揮。80年代からは風貌にワイルドさも加わっていった。90年代末頃からは少々、ふくよかに(!?)。映画「オルフェ」(1997)ではオルフェの幼馴染でヤクザの頭領ルシーニョを逮捕しようとする警官パシェコ役を演じた。「トラッシュ!−この街が輝く日まで−」(2014)では、主人公たちが巻き込まれる汚職事件の震源地である市長候補役で出演。ステファンは州議会議員時代に汚職事件への関与を疑われニュースでも話題となったことがあるので、この役には誰もがニンマリした。そのほか「神様はブラジル人」(2003)など。

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エレンコからレコードも発表しているオデッチ・ララ扮するクラブ歌手イザ(右)(画像提供/ALFAZBET)

ベレッコの情婦で、クラブ歌手イザに扮するのは、映画女優オデッチ・ララ(上部写真、右)。

実際に歌手としても2枚のレコードをエレンコ・レーベルから発表している(うち1作はヴィニシウス・ジ・モライスとの共演作)。制作当時、アントニオ監督の妻でもあった。

1930年代にリオデジャネイロのラパ地区で名をはせていた黒人の同性愛者、マランドロ、通称マダム・サタン(実在した人物。ラーザロ・ハモスが主演した映画「マダム・サタン」が2006年にブラジル映画祭で公開されている)をイメージしたキャラクターをこの映画の主人公として生み出したのは、オデッチの紹介で参加した脚本家、劇作家のピーニオ・マルコス(マダム・サタンは残忍な麻薬ディーラーではない)。

サンパウロの裕福ではない家に生まれ育ったピーニオは初等教育しか受けておらず、板金工、空軍の兵隊、サッカー選手、サーカスなどで働いた後、サントス市のテレビ、ラジオで働きながらアマチュア演劇にかかわるようになった。1958年に、刑務所に投獄された実在の青年を題材にした戯曲「バヘーラ」を書くが、この作品は台詞に下品な言葉が多すぎることから21年もの間上演禁止となったという。

ピオーニは本作「デビル・クイーン」でも当時のスラングを台詞に多用しているが、その多くはすでに死語となっていることから、ネイティヴのブラジル人にとっても理解するのが難しい言葉が少なくないという。しかしこのことは本作を、1974年のギャングやチンピラ、ゲイの世界の雰囲気をリアルにフィルムの中に焼き付けることとなった。

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デビルクイーンと取り巻き衆のパーティ(画像提供/ALFAZBET)

独特な雰囲気を醸し出すキャラクターたちが、妖し気に、いなせに、禍々しく躍動するキッチュな世界を、衣装、背景、セットで作り上げたのは、国内外でその名を知られる現代アート作家で、ブラジルにおけるビデオ作家のパイオニアでもあるアンジェロ・ジ・アキーノ。サンパウロ美術館をはじめさまざまな美術館で展覧会を企画する傍ら、幅広くアートの世界で仕事をしている。1972年にはリオデジャネイロ市のジョアン・カエターノ劇場で行われたノーヴォス・バイアーノスのショーで舞台背景を手掛けている。1974年に本作「デビルクイーン」の衣装、背景、ポスターを含む美術の仕事でサンパウロ芸術評論家協会に表彰されている。

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デビルクイーンが仕切る売春宿(画像提供/ALFAZBET)

映画「デビルクイーン」(配給:ALFAZBET)は8月10日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開。公式サイトはhttps://alfazbetmovie.com/devilqueen/。

(文/麻生雅人)