ブラジルの守護聖人の日、大司教は武装解除と飢餓・貧困への注意喚起を訴える
2026年 10月 13日
【アパレシーダ、サンパウロ 10月12日 14:53】 ブラジルの守護聖人の日である10月12日(月)、サンパウロ州アパレシーダ市の大聖堂(カテドラウ・バジリカ)で行われた主要な宗教儀式において、アパレシーダ大司教区のドン・マリオ・アントニオ・ダ・シウヴァ大司教は、武装解除と飢餓、貧困への注意を呼びかけた。
ドン・マリオ大司教は午前9時の荘厳ミサの説教でこれらの発言を行った。式典には、ジェラウド・アウキミン副大統領、アレシャンドリ・パジーリャ保健相も参列した。
「神の声を聞く者は、飢餓、貧困、暴力、孤独の前に無関心ではいられません。傷ついた家族、傷ついた子どもたち、希望を失った若者、見捨てられた高齢者の前にも無関心ではいられません。戦争、自然破壊、そして私たちやブラジル、世界の人々を苦しめる数々の悪の前にも、無関心ではいられないのです」(ドン・マリオ大司教)
説教の中で大司教は、武装解除と平和を求めた。
「イエスは平和を築くよう命じています。そしてここで、(教皇)レオ14世の言葉を聞くならば、それは“武器を持たない、武装を手放させる平和”です。しかし私たちはしばしば、武器、戦争、そして互いの間の対立によって分断を助長してしまいます。福音は、愛する兄弟姉妹よ、異なる考えを持つ者を憎むことも、敵を殺すことも、私たちに許していません」(ドン・マリオ大司教)
<政治的動きに関する発言>
式典後の記者会見で、ドン・マリオ大司教は「アパレシーダの聖母がブラジルの守護聖人の称号を失うことを懸念しているか」と質問を受けた。この論争は先月、フラヴィオ・ボウソナーロ候補の陣営に近い福音派グループが、全国的な守護聖人の称号に否定的な姿勢を示したとの情報が流れたことから生じた。
自由党の候補者であるフラヴィオ氏は、聖母の称号を剥奪する意図はないと否定している。
大司教は次のように述べた。「マリアがブラジル国民の生活において持つ重要性を失うとは全く思いません。ブラジルの守護聖人の称号は1930年に教皇によって与えられました。そして1931年5月31日、当時の首都リオデジャネイロで正式に宣言されました。つまり、マリアがブラジルの守護聖人であるという称号には長い歴史があるのです」
ただし大司教は、政治的な「賛否両論の動き」が存在することを認めつつ、将来について「シナリオを描くつもりはない」と述べた。
「政治的な動きは賛成であれ反対であれ、今日も存在し、今後数年にわたって続くでしょう。来年何が起こるかについては、第二回投票の結果に左右されるため、さまざまな疑問があるのは当然です。しかし今は、私たちが今日喜びをもって体験しているものを脅かすようなシナリオを描くべき時ではないと考えます」(ドン・マリオ大司教)
ブラジルの守護聖人アパレシーダの日には、サンパウロ州アパレシーダ市(ヴァーリ・ド・パライーバ地域)にある大聖堂に数万人が訪れた。国立巡礼聖堂の管理者による推計では、同日約15万人が訪れる見込みだという。
10日前に始まり、前日(11日)に終了したアパレシーダの聖母のノヴェーナ(9日間の祈り)期間には、約50万人が聖堂を訪れた。
午前9時の荘厳ミサは巡礼者の間で最も人気が高く、大聖堂は満席となった。式典の最中にも、信者たちは聖母アパレシーダ像の前を通るため長い列を作った。像は通路上の高台に設置されている。
巡礼者のアンデルソン・ホベルト・メンデス・ダ・コスタ氏(47)は、サンパウロ市東部から徒歩で訪れた。172キロを歩き、多くの困難に直面したという。
「5日間歩きました。本当に大変でした。道中では強風の雨や雹に遭いました。3日目は強烈な日差しで、仲間の中には熱中症になった人もいました。腸の感染症になった人もいました。しかし主のおかげで、私たちは到着できました。痛みがあっても、嵐があっても、皆無事に到着し、授かった祝福に満たされています」(アンデルソン氏)
ミナス・ジェライス州からツアーで訪れたホーゼメイリ・アウヴィス・アラウージョ・ヴィエイラ氏(59)は、現在の選挙の時期にあたり、ブラジルへの特別な祝福を聖母に願ったと話した。
「感謝を捧げ、私たちの国のため、今の選挙の時期のために祝福をお願いしに来ました。ベロオリゾンチ市からやってきて、今ここにいることは本当に大きな感動です」(ホーゼメイリ氏)
(記事提供/Agência Brasil、構成/麻生雅人)




