日伯投資家対談 カルロス・ペッソア・フィリョ(インベスト・テック)×中山充(BVC) Part 3
2018年 10月 31日インベスト・テックのマネージングディレクター、カルロス・ペッソア・フィリョ氏と、ブラジル・ベンチャー・キャピタル代表 中山充の対談形式でブラジルのスタートアップ・エコシステムについて互いの意見を交換する日伯投資家対談。
最終章ではブラジルのスタートアップのエグジットや海外投資家がどのようにブラジルのマーケットに参画するかについて語ります。
<ブラジルのスタートアップのエグジット>
中山:日本では、証券取引所がスタートアップなどの中小企業に対し門戸を開いたのはこの20年くらいのことであり、それがこの国のスタートアップのエコシステムにとって決定的な出来事となりました。
ある程度成長すれば新規株式公開(IPO)ができるようになり、実際にいくつもの成功事例が出てくることでポテンシャルのある起業家予備軍のメンタリティーを変えることになりました。
ブラジルのスタートアップにとってのエグジットはどのようなものがあったのでしょうか? また、ブラジルでも最近エグジットの選択肢は広がりつつあるように思いますが、どのように見ていますか?
カルロス:その当時の大きなエグジットとしてはECサイト「スブマリーノ(Submarino)」のケースが挙げられます。「スブマリーノ」は2005年の3月にサンパウロの証券取引所でIPOしました。
もう一つの重要な例は、1990年に「シーメンス」での18年のキャリアを捨て、「マンディックBBS」というインターネットプロバイダーとして起業したアレクサンダー・マンディック(Aleksandar Mandic)です。アレクサンダーはプロバイダーとしてのビジネスを成長させた後、M&Aによって売却した後、「IG」という企業を興しました。その後「IG」も軌道に乗せた後売却し、「マンディック・メール(Mandic Mail)」を作りました。その事業もまた売却し、今「アレクサンダーは、マンディック・WiFi・マジック(Mandic.Wifi.Magic)」というアプリの運営をしています。
2009年には、プラットフォーム型ECサイト「ブスカペ(Buscapé)」(写真上)の売却もありました。「ブスカペ」は、90年代の終わりに価格比較サイトとして始まり、3億4200万ドルで売却されました。それは、当時のブラジルのインターネット界の歴史の中で3番目に大きな取引でした。他にも「iFood」を買収した「モビレ(Movile)」の創業メンバーなどは、ブラジルでの初期のインターネット関連の起業家の例ですね。
世界全体にインパクトを与えるような出来事とはなりませんでしたが、ブラジルを含むラテンアメリカにおいては大きなインパクトを与える成功事例となりました。
新興国であるブラジルでも急速に国内に広まり始めていたインターネットを使って何ができるのかを皆が目の当たりにしたのです。ブラジルでもEコマース、ポータルサイト、プロバイダーが次々と現れ、インターネットバブルと呼べる現象がブラジルでも起こりました。
実際、多くの起業家たちが様々なトライアルをしては消えて行きましたが、その中の幾人かが成功をおさめ、IPOやM&Aで大きな資金を手にすることができました。こうした初期のエグジットの成功事例となった起業家達が彼らは新たなマーケット礎を築き始めたのです。
また、ブラジルでもファンドとして資金提供する形はあったものの、ファミリーオフィス的なものであったり、伝統的な企業のM&Aを行うものが中心でしたが、アメリカのベンチャー・キャピタル・ファンドのような形でスタートアップに資金を出すファンドは、2008年から2009年にかけて本格的にブラジルでも始まったと言えるでしょう。
中山:そうすると概ね15~20年くらい前にいくつかの成功事例が現れ始め、この10年弱でいわゆるスタートアップ向けの資金調達環境が始まったという感じですね。
カルロス:そうですね。私たちは今、ブラジルにおけるベンチャー・キャピタル市場の幼少期にあると言って良いと思います。2008から2009年に登場したファンドによる最初の結果が出つつあります。
「99Taxi」や「ヌーバンク」の例ように、私たちはいくつかのユニコーンの誕生を見始めています。そして「パグセグーロ(PagSeguro)」のように、100億ドルの評価額を持つベンチャーであるデカコーンまで生まれました。「パグセグーロ」は、今年の初めアメリカにおけるブラジルの企業の中で最高額のIPOを行いました。それが意味するのは、ブラジルでもより成熟して持続可能な段階へと進み始めたということであり、その結果が期待されたように近づいているということなのです。
<ベンチャー投資環境の発展余地>
中山:一つのファンドは通常7~10年で結果を出すわけですから、ようやく最初の1週が終わって第一弾の結果が出始めたというところですね。先ほど、ブラジルのベンチャーキャピタル市場はまだ幼少期とお話されましたが、今後はどのような発展を見せると思いますか?
カルロス:現在、ブラジルにおけるスタートアップのマーケットには、シードフェーズに投資するベンチャー・キャピタルが不足しています。
ここでいうシードフェーズの典型的なパターンは、ベンチャー企業がアクセラレーション・プログラムを経験していたり、エンジェル投資家の資金は得ていて、年間50万から200万レアル(1500~6000万円相当)の売上規模ようなの段階です。
高いリスクがあるこのステージで、ベンチャー企業は死の谷に迷い込むのです。多くの企業が、成長を賄うことができる資金を獲得できずに消えていきます。そして、何とか自力でこの段階を生き延びた者だけが、次の段階で資金調達ができて更なる成長を遂げることができる、という状況です。
多くの革新的なプロジェクトがブラジルに莫大な利益をもたらすことができるはずなのですが、ちょっとした資金不足がゆえに経営危機の状態に陥ってしまうケースを多く目にします。そういったことは、より成熟したベンチャーキャピタル市場がある国では起こらないでしょう。
たとえばアメリカにおけるベンチャー・キャピタル市場は、シードフェーズに投資するファンドだけで450以上ものファンドが存在します。高いレベルで各段階に特化されたファンドがあり、さらに、プレ・シード、シード、シード・エクステンション、ポスト・シードなど、より細かな過程に特化した、シードのためのファンドのサブカテゴリーも充実しています。
中山:私も全く同意見で、ブラジルのベンチャー・キャピタルの分野に対する投資マーケットにおいてまだ不足している部分は、シードフェーズにあると思います。ポスト・アクセラレーションといってもいいかもしれません。
シードの段階で、スタートアップは通常いくつかのアクセラレートの過程を経ていますが、まだサービス強化や適切なターゲットセグメントを特定したり、効率的な成長エンジンを見つけるために試行錯誤が必要な段階なのです。
また、ブラジルの多くの起業家たちはベテランではなく、初めての起業をする人が多く、他の起業家たちが歩んだ経験をもとにしたサポートやメンタリングをとても必要としています。さらに言うと、投資家側もまだ経験が浅いので、起業家に対して余計な口出しをして企業の中を混乱させることも簡単に起き得る状況です。
既存のブラジルのベンチャーキャピタルの多くがシードフェーズを超えられた企業にフォーカスして、大きな金額を投資してることもあって、より金融市場のプレイヤーとしての考え方が目立ち、起業家側に即したメンタリングが出来ていないようにも見受けられます。
<「インベスト・テック」を通じたブラジルのエコシステムへの貢献>
カルロス:起業した事業は様々な問題により上手くいかなくなることがあります。ただ、起業家のコントロールできる範囲を超えている「市場全体での資本の不足」は起業家の問題ではなく、エコシステムというか、投資家側の問題だと考えています。例えば、どんなに良いチームが良いアイデアを実行していてもスタートアップに投資する資金が市場になければ資金調達はできないわけですから。
そうした思いもあって、私は「インベスト・テック(Invest Tech)」に参画して、シードフェーズのスタートアップへの投資にフォーカスを当てています。
「インベスト・テック」の経営者たちとは、私が「エンデバー(Endeavor)」にいた頃「エンデバー」のメンターだった人たちで、15年来の付き合いになります。また、私が「ワイラ(Wayra)」にいた5年前には、親会社にあたる「テレフォニカ」が「インベスト・テック」に新たなファンドに出資することで、私たちの関係はより親密なものとなっていました。
私はこのシードフェーズの投資資金の需要と供給のギャップを埋めるべくファンドを立ち上げることに決めましたときに、「インベスト・テック」も、同じようなファンドを作るためのシステムを作っているところだたので、私たちは2017年1月に、我々のマーケットにおける経験を合わせて、共にファンドを構築する決断をしました。
我々は単にスタートアップに投資をするというだけでなく、私たちに投資をしてくれている投資家は、事業経験が豊富で、いつでもメンターとして助けてくれてコンサルタント的な助言してくれる数多くのブラジルの起業家や企業幹部が含まれています。起業家は日々孤独と戦う存在となるので、このネットワークが投資そのものと同じくらい重要となるのです。
<今後のブラジルのエコシステムの発展に必要なもの>
中山:まさに私がブラジル・ベンチャー・キャピタルを立ち上げたのと同じ動機ですね。こうして私達のようにシードフェーズに資金供給できる投資家が徐々に出てくることでより起業しやすいエコシステムになっていくとよいですね。
このシードフェーズの資金調達の他に、ブラジルにおける起業のエコシステムは、どのような点で未だ進歩しなければいけないとお考えですか?
カルロス:この先”高度で良質な人材を育成する”というのが最も重要なチャレンジだと思います。ブラジルは、世界的に新しいイノベーションを生み出せるとみられている存在ではありませんが、この国には解決しなければいけない問題がたくさんあるので、裏を返せば新たな事業を起こして問題を解決する、すなわち、起業のチャンスは数多く存在するとも言えます。大きな問題を解決できる者が、大規模な起業を達成するができるのです。
しかし、それも”人材”があってこそ実現できるのです。外国人がやってきて問題を解決することは難しく、ブラジル人起業家がブラジルでビジネスを興すこと自体が競争上のメリットとなります。外国の競合する存在が、この地のマーケットがどのように機能しているのかの経験もなしに、ビジネスモデルを真似することは難しいのです。
いくつかのブラジルが持つ特徴は、他の国にはないものです。例えば、我々が持つ2億人強の人口。それは、世界でも最大規模の経済の一つとなることを可能としますし、現在ポテンシャルのある消費者がデジタル・マーケットをこぞって利用し始めています。さらに、彼らはより安いスマートフォンを買える選択肢が増えたことから、より迅速でより広域なアクセスと処理能力を手にし始めているのです。
それに加え、ブラジルの人口は人口統計学的に類似した他の国々と比べても、非常に多く若い人口を有する国です。それは、デジタルサービスを渇望する一定の人口がこの先20-30年間は存在し続けることを意味するのです。
ブラジルには、健康衛生や教育など、基本的な権利に関して大きな問題があります。さらに他にも形式主義的な手続きの非効率や、オペレーションの非効率などの問題もあります。実際、それらは時とともに改善しつつあるとは思いますが、それでも現状のマーケットと、もっと発展した経済におけるマーケットとの間にはまだ大きな溝が存在すると思います。
誰かがその問題を解決していかなければならないのですが、私は投資先の起業家たちがソリューションをビジネスとして提供していくことを期待しているわけです。
中山:起業家が増えていくためにはロールモデルとなる人がいることも一つの重要な要素だと思います。
皆が知っているわけではありませんが、ブラジルは世界的に知られる起業家を輩出している国でもあります。「Facebook」の共同創設者エドゥアルド・サベリン(Eduardo Saverin)や「インスタグラム」の共同創設者であるマイク・クリーガー(Mike Krieger)はあまり知られていませんがブラジル人ですよね。彼らの存在はブラジルの起業家にとってロールモデルと呼ぶには少し遠すぎますかね?どのようなロールモデルが必要だと思いますか?
カルロス:ロールモデルと言えば記憶にあるのは、テニス選手のグスタヴォ・クエルテンが重要な世界大会に勝ち始めた頃、ブラジルの子供達がテニスを練習したがるようになったことです。その世界でトップに登りつめた人が自分と同じ同郷だとわかったら、人々は初めて「かっこいい!私も彼のようになりたい!」と思うのです。
エドゥアルド・サベリンやマイク・クリーガーが世界的に知られる様になった時には、すでに海外移住してからたいぶ時間が経っていました。世界では起業家のロールモデルと呼べるような存在に成り得ますが、ブラジルではこの国の起業家の例としてあげられる存在ではないでしょう。彼らが人生の大半を海外で過ごしていたことから、ブラジル人の訛りがある英語を話すアメリカ人起業家だと認識されていると思います。
私はブラジルや海外で講演会をすることが多いですが、聴衆にいつもブラジル人で成功した起業家を挙げるようにと問いかけるのです。こうした中では最近の成功したブラジル人の起業家の名前が挙がるようになってきました。
<外国人投資家へのアドバイス>
中山:まさに今急速に発展しているブラジルのエコシステムでは結果が出るまでに時間がかかる、という認識は投資家側も持たなければいけませんよね。ビジネスの種類に関わらずブラジルで一定の成果を出すには少なくとも10年はかかると私はいつも話しています。
最後になりますが、こうした長期的な視点を持つことの他に、ブラジルの投資市場に参入したい日本人を含めた外国の投資家にアドバイスを頂けますか?
カルロス:私が助言できるとしたら、ブラジルでよいパートナーを見つけることだと思います。一人で始めようとするのではなく、たまたま知り合った人と協業するわけでもなく。この国のより良いチャンスを掴むためには信用できるブラジルのパートナーを抑えておき一緒に活動することは成功するために必要な条件と言ってよいかもしれません。
(文/中山充、写真中提供/ブラジルベンチャーキャピタル、写真上下/Reprodução)
写真上はECサイト「ブスカペ(Buscapé)」。写真下はエドゥアルド・サヴェリンが表紙になった「ヴェージャ」誌。写真下の左がカルロス・ペッソア・フィリョ氏、右が中山充氏