70年代にアルゼンチンで“コンドル作戦”の犠牲になったテノーリオ・ジュニオールの物語が映画化

2025年 04月 10日

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© 2022 THEY SHOT THE PIANO PLAYER AIE – FERNANDO TRUEBA PRODUCCIONES CINEMATOGRAFICAS, S.A. – JULIAN PIKER & FERMÍN SL – LES FILMS D’ICI MEDITERRANEE – SUBMARINE SUBLIME – ANIMANOSTRA CAM, LDA – PRODUCCIONES TONDERO SAC. ALL RIGHTS RESERVED.

1962年に、リオの音楽家の巣窟ベッコ・ダス・ガハーファス(酒瓶横丁)に現われるや、聴衆のみならず音楽家たちをも魅了したピアニスト、テノーリオ・ジュニオール。

まだブラジルが平和で、サンバ・ジャズやボサノヴァが街で聞こえていた時代には、歌手レニ・アンドラージのバック演奏や、エウミール・デオダート、ワンダ・サー、ドリス・モンテイロなどの録音に参加。

トリオ、オス・コブラスでの録音のほかに、1964年には唯一のソロアルバム「エンバーロ」も残している。

軍事独裁政権によるクーデター後の1970年代は、ジョイス、シコ・ブアルキ、ガウ・コスタ、エドゥ・ロボ、ミウトン・ナシメント、ベト・ゲジス、ダニーロ・カイーミ、ノヴェリ、トニーニョ・オルタ、エギベルト・ジスモンチ、ナナ・カイーミ、ルイス・エンヒッキなどMPBの作品で演奏を支えた。

そして1976年3月18日、ヴィニシウス&トッキーニョのアルゼンチン公演の演奏を務めていたテノーリオ・ジュニオールは、夜明け近く、宿泊先のホテルから忽然と姿を消す。

アルゼンチンの軍事警察に不審人物として連行されたテノーリオは、拷問を受け、最終的に射殺され、その死は長く隠蔽されてきた。

南米で民主化が進み出した1980年代から、当時の軍関係者によるリークなどがはじまり、少しづつテノーリオに関する具体的な証言が出始めるようになっっていった。

当時の軍事政権時代の“犯罪”を明らかにし、二度と同じようなことが起こらないようにするために、アルゼンチンで近年進められてきた調査や裁判によって、はっきりとテノーリオの名がが軍事作戦の犠牲者として記されるようになったのは、実に近年になってからだ(国家真相解明委員会が「コンドル作戦でマークされアルゼンチンで消息不明となったブラジル国民」(真相解明委員会Vol.1「国際コネクション:コーノ・スールにおける弾圧同盟とコンドル作戦」)など)。

「ボサノヴァ 撃たれたピアニスト」は、そんな悲劇に巻き込まれたボサノヴァの名ピアニスト、テノーリオ・ジュニオールについてのドキュメンタリー映画だ。

ニューヨークの書店で、新刊のリリースを行うジャーナリストのジェフ。この人物が、この映画の語り部だ。

ボサノヴァについて取材し、レポートするはずだったジェフが、取材の過程でテノーリオの存在と、彼が、政情不安定なアルゼンチンで忽然と姿を消してしまったことを知る。

ボサノヴァとは何だったのかを検証するため、リオやアメリカ合衆国などで、ボサノヴァが生まれた当時の現場の関係者への取材をすすめながら、テノーリオの失踪時に何があったのか、そしてこの失踪にどんな背景があったのかを、ジェフの目を通して語られていく。

この映画は実際に取材を行っているので、アニメーションで表現はされているが、登場人物は、主人公のジェフと関係者以外はほとんど実在の人物。コメントも本人によるものだ。

ボトルズバー、リトルクラブのオーナーだったアルベリーコ・カンパーナから、エドゥ・ロボ、シコ・ブアルキ、ジウベルト・ジウ
バド・シャンク、ミウトン・ナシメント、カエターノ・ヴェローゾ、パウロ・モウラなどなど、取材対象は多岐にわたる。

この映画のための取材で初めて明かされるエピソードも少なくない。

当時テノーリオと共にアルゼンチンにいた人物たちが(失踪当日、アルゼンチンでテノーリオと行動を共にしていた恋人を含め)、本人の口から当時のことが語られているのはとても貴重だ。

なにより、実感のこもったエピソードが生々しく語られるのは、映画だからこその魅力だ。

テノーリオをはじめ多くの犠牲者を出した“コンドル作戦”(アメリカ合衆国と南米諸国の軍事政権との密約の下で行われた、“反抗分子”を排除するための行動)に関しては、このテーマの著書を執筆したワシントン・ポストの記者が、とても分かりやすく語っている。

とはいえ、この映画の魅力は、失踪事件の謎解きだけではない。

取材対象者たちが語るのは、事件についてだけではない。テノーリオという人がどういう人だったのか、テノーリオがどのような音楽を演奏していた音楽家だったのかも、当時彼と対話した人たち、演奏を直接聞いた人たちの口から、実感として語られていく。

人は誰でも1面だけでは語ることはできなが、映画が進むにつれて、テノーリオ・ジュニオールという人間の人物像が、複数の人たちのコメントによってどんどん肉付けされていくのもまた、この映画の醍醐味といえるだろう。

テノーリオも大ファンだったというビル・エヴァンスとも直接対話があったなど、わくわくするようなエピソードが盛りだくさんだ。

ブラジル本国のジャーナリズムにおいてもこれまで、これほどまでに掘り下げられることのなかったテノーリオ・ジュニオールという“人間”が、スペインの映画人フェルナンド・トルエバの手で語られている。

映画『ボサノヴァ~撃たれたピアニスト』
公開日:2025年4月11日(金)
監督・脚本:フェルナンド・トルエバ
監督:ハビエル・マリスカル
声の出演:ジェフ・ゴールドブラム
アニメーション監督:カルロス・レオン・サンチャ
キャラクターデザイン:マルセロ・キンタニーリャ
編集:アルナウ・キレス
サウンドエディター:エドゥアルド・カストロ
原題:THEY SHOT THE PIANO PLAYER

© 2022 THEY SHOT THE PIANO PLAYER AIE – FERNANDO TRUEBA PRODUCCIONES CINEMATOGRAFICAS, S.A. – JULIAN PIKER & FERMÍN SL – LES FILMS D’ICI MEDITERRANEE – SUBMARINE SUBLIME – ANIMANOSTRA CAM, LDA – PRODUCCIONES TONDERO SAC. ALL RIGHTS RESERVED.

(文/麻生雅人)