ミナスジェライス州の郷土料理フェイジョン・トロペイロ
2014年 06月 30日トロペイロは、17世紀頃から、サンパウロ、ミナスジェライス、リオデジャネイロ、南部地方などを行き来して、ヨーロッパから入った品や食糧を沿岸から内陸に、金や鉱物を内陸から沿岸に運んだ。19世紀のコーヒー時代には、コーヒーの運搬も行っている。
「Sabores do tempo dos tropeiros(トロペイロ時代の味)」の著書もある研究家ジョアン・フラウによると、フェイジョン・トロペイロもトロペイロたちが、長旅に耐えられるように考案したスタミナ料理だという。
朝食には、煮たフェイジョンに炒めたベーコンを混ぜて、トウモロコシ粉をかけて食べた。トロペイロたちは長旅に備えさまざまな食材を持っており、昼食時には、リングイッサや乾燥肉も一緒に食べられることが多かったようだ。炊いた米(アホース)とトヘズモ(カリカリに揚げた豚皮)のまぜごはんは、アホース・トロペイロと呼ばれたという。
売り物や運搬用の商品を運んだだけでなく、沿岸部と内陸部を繋いだトロペイロたちは、各地で見聞きした食文化を自分たち流に融合させてアレンジして、多様な素材を混ぜてつくる様々な料理を生み出したと言われている。
18世紀、一攫千金を夢見て鉱山に人々が押し寄せたミナスジェライス州では、食糧難に陥り食糧物価が高騰したこともあり、多くのトロペイロが行商にやってきた(地元の人々の中からもトロペイロとして商売を始める人も多く現われたという)。
この時代にトロペイロがミナスジェライス州に運び込んだ食文化の影響は大きく、サンパウロに端を発してミナスで発展した料理も少なくないと言われている。フェイジョン・トロペイロも、まさにこうした人々の移動が同州にもたらし、根づいた食文化のひとつといえそうだ。
ファンフェストで販売されているフェイジョン・トロペイロは、フェイジョン豆、ファリーニャ・ヂ・マンジョッカ(マンジョッカ芋からつくる粉)、トヘズモ、リングイッサ、たまご、コウビ(ケール)を具にしているという。
(文/麻生雅人、写真/Marco Evangelista/Imprensa MG、参考/「TEXT OF BRAZIL ブラジルの味」ブラジル連邦共和国外務省)
写真はフェイジョン・トロペイロを手にするサポーター。6月28日、ブラジル対チリ戦が行われた日のベロオリゾンチのファンフェストにて