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“ほぼ女性だけの村”にインターネットアクセスが集中。回線が制限される!?

ノイヴァ・ド・コルデイロ

時代を経て、ようやくこの宗教への依存から脱することができた村では、自分たちで独立したルールを作るようになった。

何年もの間に渡る抑圧された生活は、独立心をより強固に育む結果となったようだ。集落は、宗教に囚われることなく、誰が誰の上に立つわけではなく、服や食べ物も分け合い、子どもも皆で育てるという生活共同体を作りあげていった。集落はそのまま「ノイヴァ・ド・コルデイロ(子羊の花嫁)」と呼ばれた。

アロイージオが教会にノイヴァ・ド・コルデイロ(子羊の花嫁)と名付けたのは、もしかしたら当時16歳だった自分に重ね合わせていたのかもしれないと、デリーナさんはいう。

デリーナとアニージオ牧師との間に生まれた子どもたちの中の長女でもあるホザリー・フェルナンデス・ペレイラ(44)さんは、10歳のころから断食も経験した。

ホザリーさんもまた16歳で結婚して、21歳の時には3人の娘がいた。しかし彼女は、村の女性が再び自立をするきっかけを作った。父や夫には断らず避妊手術を受けて、それ以上、子どもがつくれないようにしたという。

ホザリーさんの行動は父であるアニージオの権力を失墜させた。1996年にアニージオが他界すると、村は自由を取り戻す方向へと向かった。

「今、私たちは神を信じてはいますが、だからといって教会にとらわれる必要はないと考えています。結婚も神父の前でしかできないとは考えていませんし、子どもに洗礼を受けさせる必要もないと考えています」(ホザリーさん)

デリーナさんは村の人々を自分の邸宅に集め、共同生活を始めた。

しかし、自由な共同生活体は、近隣の村では、さらに噂の的となり差別を受け続ける結果となった。噂は噂を呼び、ノイヴァ・ド・コルデイロは今まで以上に危険な存在だと思われるようになっていった。

村の人々は大邸宅で共同生活をしていたが、産業もなく、村人全員が働けるほど畑も広くないため、男性は収入を得るために、妻帯者も含め村を出て行ってしまった。約100km離れたベロオリゾンチ市など都会で工場などで働き、週末だけ村へ帰るという生活が定着した。

ところが、他の村と交流を経っていたノイヴァ・ド・コルデイロの事情を知らない周りの村では、ふだんは女性だけが暮らし、週末だけ男性の姿が見えるこの集落は、売春婦の村だという噂が立ってしまい、さらなる偏見と差別にさらされ続けることになった。

ノイヴァ・ド・コルデイロから20kmしか離れていない、最も近かった村ベロ・ヴァーリで最初にこの噂が立った。

ホザリーさんによると、噂はどんどん広がって、ノイヴァ・ド・コルデイロの大邸宅では麻薬が常習されているとか、犯罪者のアジトだとか、悪魔の館である、という噂まであったという。

村の平均年齢が若く、ほとんどが20~35歳で、たまたま器量の良い女性が多かったことも噂を増長させたという。

中には、エリアーニさんのように、ベロオリゾンチに出た夫と離婚してしまったため仕送りがない女性もいる。

「夫は、私と娘を街に呼び寄せましたが、自分は村を出たことがありません。村を出るのが怖いので、夫とは別れざるをえませんでした」(エリアーニさん)

英国メディアの紹介では、その数などに事実に反する部分があったようだが、村の独身女性たちの中に、村の外の男性との結婚を望んでいる人がいることは事実のようだ。

「村で恋人を見つけることは難しいですからね。ここでは皆が、ほとんど、いとこ同志の関係ですから。ずっと彼氏がいなくて面白くありません」とネウマ(23)さんはいう。村では、集落内での結婚が多いという。

1999年にノイヴァ・ド・コルデイロは正式にコミュニティとして登録された。

(次ページへつづく)

(文/麻生雅人、写真/Terra de Minas/TV Globo)
共同生活を送るノイヴァ・ド・コルデイロの女性たち。「テーハ・ヂ・ミナス」は日本ではグローボインターナショナル(スカパー! ch514)で放送中。視聴問い合わせはスカパー!まで

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