元・中日ドラゴンズ選手、瀬間仲ノルベルトさんが売るパステウ。サンシャインシティ「フェスタ・ド・ブラジル」お店紹介(18)
2014年 09月 14日瀬間仲ノルベルト。中日ドラゴンズに2003年~2005年まで在籍しており、2005年の登録名はホッシャだった。
同時期にドラゴンズに所属した櫻井嘉実や、ヤクルトで活躍した片山文男らと並び、日本のプロ野球界で活躍するブラジル出身の野球選手のさきがけの一人でもあった。
「出身はサンパウロ州です。父が野球のコーチをしていたので、子どもの頃から野球をしていました。父に連れられて、兄と一緒に初めて野球の試合を見たときから、絶対これをやりたいと夢中になりました」(瀬間仲さん)
ブラジルにおける野球学校、ヤクルトアカデミーがまだできる前のことだ。
「丁度、ブラジルでヤクルト・アカデミーが設立された年に僕は家族と一緒に日本に来たので、ヤクルトアカデミーでは学べなかったんです。でも野球は4歳のころから父に教わっていました」
ブラジルの野球チームに入り4番打者として活躍している姿が目に留まり、九州・宮崎県にある日章学園高校に入学。甲子園で注目されて、2002年にドラフトで中日ドラゴンズに入団。2005年まで在籍した。
「怪我もあって、思うような成績を残せないまま球団を去ることになりました」(瀬間仲さん)
その後、子どもたちに野球を教えるなどコーチとして野球が続ける道も模索したが、自らが理想として描く形での活動は困難だった。
「やりたい気持ちはあっても、思うようにできないなら、悔いが残る。だったら、と、野球はきっぱりやめて、何か別の仕事で生きていこうと思いました」(瀬間仲さん)
そして、冒頭の瀬間仲さんのコメントに話はつながる。本当に美味しいブラジルの食べ物を日本で広く紹介したいと考え、自身の妻や仲間たちとKansha Group(感謝グループ)を設立。ブラジルの食べ物や飲み物を紹介している。
「フェスタ・ド・ブラジル」では、ブースの横に、ブラジルの守護聖人アパレシーダの像やココナッツの木、アフリカの文化とつながりがある楽器のビリンバウなどを飾った。
「食べ物を通して、ブラジルの文化も知ってもらえることができたらと思って飾っています。自分も日本とブラジルの文化がミックスしていますが、ブラジルは本当にいろいろな文化が混ざっていて面白い国なんですよ」(瀬間仲さん)
ところで余談だが、日系ブラジル人の中でも、瀬間仲という名前は多くはない。そう思ってたずねてみたら、この珍しい名前はブラジルにおける日本人移民社会の中で生まれた名前だった。
「母の家系は、もともとは沖縄の出身で、Shimanaka(島仲)という名前でした。でも母が生まれたとき役所で名前を記入する人が綴りを間違えてSemanakaになってしまったのです。母の兄妹はみなShimanaka(島仲)で、母とその子供だけSemanakaなんです(笑)」(瀬間仲さん)
ワールドインポートマートビル4階のブラジルマーケットでは、ステージで連日イベントが繰り広げられるほか、ブラジル雑貨やラテンアメリカ関連の飲食店などがずらりと並ぶ。屋外スペースではシュハスコとビアガーデンも開店している(15日(月・祝)まで)。
「Kansha Group(感謝グループ)」はブラジルマーケット屋外スペースで営業中。
(写真・文/麻生雅人)
サンシャインシティ「ブラジルマーケット」11:00~20:00、入場無料